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なんだぁ(^v^)

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 5月23日(火)01時12分27秒
返信・引用
  俺が大阪から書き込む、そんな「ウルトラC」があった
としても、TGPの書き込み、誰も何もなし、無風か…。

川崎の時の気持ちから、今の気持ちへのシフト、ハンパ
ない振れ幅だし、パソコン環境を復旧し、大阪から熱心
な放送を再開できるモチベーションも含め、正直なとこ、
俺が、ここをのぞいたら、たましろ仲間の誰かが書き込
んでくれていたら嬉しいな、そんな気持ちで、新生活の
残業帰り、パソコンを開いたわけで…。

心身ともに、かなりメイッパイなので、独り言をかまし
ている余裕、正直ないオイラです。だけど…。

誰かが、ひとりでもいい、誰かが反応してくれるのなら、
また書き込みます。

鈴木創、意外に寂しがりやなんです。

ま、いっかぁ…。

なきゃないでいいです。まじで。

おやすみなさい。
 

再びの…

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 5月21日(日)00時04分56秒
返信・引用
  大阪LOVER!!

そんなこんなで鈴木創、大阪府民になりました(^O^)/

https://www.youtube.com/watch?v=oWhkL-Gzu4Q

 

想えば…

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 5月11日(木)00時40分5秒
返信・引用
  2014年5月11日。ひとつの旅立ちがありました。

その時から連綿と続く心の変遷の果てに、今の鈴木創はいます。

その思考の日々は、それまでの鈴木創には想像もつかないほど、
深く、濃く、時に豊かなものでした。

TGPの存在は、鈴木創の思考を整理、醸成、発露する上で、かけ
がえのないものでした。

そして…。

特別な気持ちで、2017年5月11日を迎えています…。



これで、神奈川県川崎市多摩区宿河原からの最終放送とさせて
いただきます。

ありがとうございました。
 

ヘロヘロっす

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 5月 9日(火)05時00分7秒
返信・引用
  湯島勤務最終日の今日。公私ともに、俺を成長させて
くれたと想いたい3年間が終わろうとしています…。

とりあえず…。

これから寝ます。
 

ぼくらが旅に出る理由

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 5月 3日(水)02時22分20秒
返信・引用
  ぼくらが旅に出る理由

そんなこと考えながら過ごす夜…。明日、俺ら夫婦が入籍した
日から10年が経とうとしている。妻と波照間で出逢ってからは
16年…。

♪喜びと悲しみが時に訪ねる…。

そっかぁ…。そうだよな…。

https://www.youtube.com/watch?v=5jtcLL56NOw

 

東京でのJAZZ…

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月30日(日)01時06分58秒
返信・引用
  木曜日&土曜日、ジャズ・ライブに行きました。

土曜日。我がイトコ・池田篤のカルテット、胸に
沁みました。観客として訪れていたピアニスト・
小曽根真さんとメンバーの皆さんと撮った写真、
俺の宝物です…。
 

2017年4月29日

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月29日(土)18時37分26秒
返信・引用
  かつて4月29日は「天皇誕生日」という法定祝日だった。それが、「みどりの日」
「昭和の日」と変遷し、今日を迎えていて…。北朝鮮関連のキナ臭いニュースが連日
報道されている。アメリカにおもねる政権は、北朝鮮の脅威を差し迫った危機とし、
国連の核兵器禁止条約の交渉にすら不参加、施行70年の憲法を踏みにじろうと画策、
いつか来た道を突き進もうとしている。

1986年(昭和61年)、俺が高校2年生の時、夏休みの国語課題「身近な人からの聞き
書き」で、父・彰の話を聞いた。その時の一文を、2017年4月29日に刻んでおきたい。

「君が5歳になったばかりの1975年(昭和50年)。私は『親父』が死んだ時と同じ
35歳になろうとしていた。このように幼い子を残して逝くことが、どんなに心残り
なことかを、身をもって体験する日々だった」
 ここで父は、話そうか話すまいかと迷うようにしばらく黙ったが、やがて思いきっ
たように口を開いた。
 その年の4月29日のことも話しておきたい。昭和の老いた天皇が、そのどんよりと
した目をしばたかせながら、孫やら側近やらにとりかこまれて、恭しく誕生日に興じ
ていたにちがいないその日…。その天皇によって30数年前に生命を奪われた息子と婿
のあとを追って、ひとりの老婆が85年の生涯を閉じたのだ」
 父は、かつて一緒に暮らした祖母の母、吉野和意さんが亡くなった日のことを言っ
ているのだ。僕もその葬儀に出席したことを憶えている。
 その日を期して4月29日は、父にとっては死の記念日となり、「祝日」などでは
なくなったという。
 「その日がくるたびに私は、やり場のない感情に耐えて生き抜いた老婆の嘆きと
怒りを、そして『お国のために』母に先だった息子と婿の無念を思い起こさずには
いられない。更に、これらの善良な女や男たちにつながる無数の人々の悲しみと、
それに耐えて、それを乗り越えるために繰りひろげられた誠意に満ちた愛のドラマ
とを、私はいつも振り返らざるをえない」
 

わかりあえない…

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月27日(木)01時01分42秒
返信・引用
  その命題って、わかりあえる前提にこそ横たわる宿命であって
欲しい…。

仕事の上司のことっス。

なんだか、その人との関係…。曲がりなりにも、3年間、同じ職
場で付き合ってきたんだけど…。俺の中で、こんなに打ち解けら
れなかった同僚(友人も含めて)は初めて…。俺が、俺自身の特
別な状況下、心開ききれていなかったことを差っ引いても…。な
んだかやるせない気持ちになって…。先日出逢ったストリート・
ミュージシャン・樹里果ちゃんのユニット、そのライブに行って
来ました。俺が路上で聴いてグッときたジャンルじゃなかったけ
ど、アキバ系のノリの中、聴衆と目の前の今を分け合う彼女の放
熱、改めて心にビビっときた47歳だったわけで…。

仕事の上司…。波照間で膝詰めで、俺と語らったなら、意外にいい
ヤツなのかも…。

まぁ、ライブの話に戻ると…。ユニットのライブも元気いっぱいで
良かったけど…。樹里果ちゃんのソロ、やっぱ、いい、改めてCDを
聴きながら、そう想う…。

そんなこんなで…。おやすみなさい。
 

JR御茶ノ水駅・聖橋口

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月25日(火)00時10分54秒
返信・引用
  さだまさしの「檸檬」の歌詞でもお馴染み…。

俺の職場がある駅で…。

月曜日の仕事帰り。駅前。ストリートで歌うネーネーがいて…。

三十路まで歌ってきて、親への感謝の想いを具現化する意味に
おいても、武道館で歌いたい!!その心意気とキラキラした瞳
にグッときた。なにより、歌、そして、歌詞、いい感じ。

よかったよ、樹里果ちゃん(^O^)/

交差点で響いてくる曲に反応してCD買っちまいました。以前、
働いていた新百合ヶ丘駅前のストリート・ミュージシャン以来。

歌声と歌詞、心に沁みましたぁ。

♪さくら あの一瞬のときまで
 どれほど孤独に ただ咲くのを待っていたろう…

さくら去りし季節、咲くのを「待っていた」身としては、
そして、さくら散りし後の身の処遇を熟慮する身としては…。

なにはともあれ、月曜日、心身ともに疲弊しましたぁ…。

聖橋で出逢いし歌声を枕に…。寝ます。おやすみなさい。
 

♪いま何時

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月23日(日)05時09分39秒
返信・引用
  ♪朝露きらめく街を出て
東へかけて行こう
誰よりも早く逢えるだろう
もうすぐ始まる1日に
朝焼け雲を 小瓶に詰め リボンかけて
君に贈ろう「こんにちは」のご挨拶
地球と一緒に回ってる
君の時計では
いま何時…

 小学校低学年の頃、こども会か何かで、女の子が「私の
 好きな歌です」って言って独唱してくれた歌。その時、
 女の子が歌ってくれた1回だけの記憶なんだけど、ズッ
 と胸に残りし曲…。朝、街を散歩しながら、久しぶりに
 口ずさんだものだから、思いつきでネット検索。1972年
 の曲らしい。歌詞も、俺が記憶していたのとは若干違っ
 ていたけど…。俺は、今となっては名前すら覚えていない
 女の子が歌ってくれたバージョンを、この先も心に刻み、
 いくつもの朝を迎えていきたい、そう感じました…。
 

人生の交差点で過ごした日々

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月20日(木)04時35分17秒
返信・引用
  なんだか眠れない…。

土曜、たましろ仲間に開いていただいた激励会の余韻を感じながら…。
火曜、3年間の出向期間の最終段階、職場で、仲間に向け、「3年間の
振り返り」をPPで発表しました。夜は送別会を開いていただき、その
場でいただいたフォト・ブック「人生の交差点で過ごした日々」…。
中身は、俺が全日本民医連事務局で過ごした3年間の様々な場面での
写真と事務局の仲間からのアツイ言葉達…。
水曜、家の整理のため、休みをとっていた俺。もらった時には中身を
見ていなかったんだけど、朝、初めて開き…。このフォト・ブック、
10回くらい読み返しました。改めて、3年の月日を愛しくシミジミ振り
返る1日になりました。昼間、裕司さんに電話してみたのは、もし話せ
たら、俺の口から近況報告をしたいなと想ったから…。繋がらなかっ
たので諦めましたが…。ド平日の着信履歴、そんな心の経過があった
ことだけお伝えしておきます…。

先週は、俺が3年間担当させてもらった経営部の送別会、たましろ仲間
からの激励会、今週末も、宮城の友が訪ねに来てくれ、門出を祝ってく
れることになっており、来週も、川崎の仲間が宴を開いてくれる…。
なんだか、いろいろあったけど、幸せ者だな、俺…。そう感じる2017年
4月の日々です。

さて、寝なければ…。

人生に1度しかない2017年4月20日という1日が、皆さんにとってステキな
1日になりますように。

おやすみなさい。
 

今はでいごがきれいです

 投稿者:ゆうじ  投稿日:2017年 4月18日(火)08時52分44秒
返信・引用
  >しの
いいなー。楽しそう。

>いはゐさん
八重山に通うようになる20数年前、台湾・台東の沖にある緑島に行きました。
刑務所があり、これもまた、ある意味離島らしいなと感じたのを覚えています。
 

久々の集い

 投稿者:しの  投稿日:2017年 4月17日(月)23時47分31秒
返信・引用
  昔と変わらぬ空気が心地良く、お酒も進んで酔っ払い。
楽しい夜でした。
 

2001.12.30 泡波の味

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月16日(日)12時08分9秒
返信・引用
  俺は2001年12月1日から川崎で働き始めました。

2001年12月30日の泡波、格別でした。

そうさん、感謝。
 

ありがとう

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月16日(日)08時55分2秒
返信・引用
  すずきはじめ

はじめの一歩を踏み出せそうです
 

桜ネタは…

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月12日(水)07時33分37秒
返信・引用 編集済
  最後かな(^O^)/

今朝。我が街・宿河原の桜…。

いってきます。
 

南波照間小記(続)

 投稿者:いはゐメール  投稿日:2017年 4月12日(水)00時07分44秒
返信・引用
  今日の福岡は冷たい雨の中、強い風が吹くたび、桜が舞っていました。


蘭嶼の話の続きです。
気候も良く、観光客でにぎやかだったので、とても明るい印象でしたが、やはり、暮らしにくい所のようです。水に恵まれないので田も見当たらず、タロイモ(?)の段々畑が、海のすぐそばまで拓かれていました。そしてそれらも、耕作放棄されたのか、雑草が茂る所が目立ちます。

また、台湾全体にですが、親の社会的地位による格差、地域の格差が大きいようで… 蘭嶼のビンロウ屋台の小さな子など、どんな将来を夢見ているのでしょう。
それに比べれば、日本は、まだましかな、もう少しチャンスは用意されているのかな、とも思います。

まあでも、僕は、呑気に楽しい日々を過ごしてきました。
台湾、犬に紐をつけないのですね。だから台北でもどこでも、犬がうろついているのですが、蘭嶼は、鶏も山羊も豚も、みんな仲良く、呑気に過ごしていました。


ほなまた。
 

Into You

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月11日(火)04時19分7秒
返信・引用
  Ariana Grande の“Into You”を歌う中学生…。

大山琉杏ちゃん。



いはゐさん、おかえりなさい。

蘭嶼…。

桐野夏生「東京島」のシーンが頭に浮かびました…。

https://www.youtube.com/watch?v=oZM0UADVG3I

 

南波照間小記

 投稿者:いはゐメール  投稿日:2017年 4月10日(月)21時25分5秒
返信・引用
  先日帰国すると、まだ桜に間に合いました。今年は遅いのですね。
息を吹きかけて、ミニ桜吹雪など舞わせて遊んでいます。

蘭嶼、礼文のような荒々しい地形や、今も残る伝統的家屋など、台湾の人にとっても、明るい南の観光地のようでした。滞在したのが、連休中のこともあり、旅行者で大いに混んでいました。

南の離島だけに、核廃棄物の保管所もありました。

ほなまた。
 

「どうなったと思う?」

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月 9日(日)19時50分14秒
返信・引用
  「虫コナーズ」CMの長澤まさみと松尾スズキのやりとり、
いい感じだなぁ…。二人とも関西出身じゃないけど、関西
弁なところもお気に入り…。

CM内に描かれる「吉田さん」…。顔は出てこないけど、
あんな存在になれたらいいな、そう思えるCMでした…。

http://www.kincho.co.jp/cm/html/mushi_koners_donatta/index.html

 

雪のように桜降る朝…

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月 9日(日)09時52分37秒
返信・引用
  我が街を散歩して、頭に浮かびし曲…。

祖父母が好きだった曲…。



雪の降る街を 雪の降る街を
想い出だけが 通り過ぎてゆく
雪の降る街を
遠い国から落ちてくる
この想い出を この想い出を
いつの日か 包まん
あたたかき幸せの ほほえみ

雪の降る街を 雪の降る街を
足音だけが 追いかけてゆく
雪の降る街を
ひとり心に 満ちてくる
この哀しみを この哀しみを
いつの日か ほぐさん
緑なす春の日の そよ風

雪の降る街を 雪の降る街を
息吹とともに こみあげてくる
雪の降る街を
誰も分からぬ 我が心
このむなしさを このむなしさを
いつの日か 祈らん
あたらしき光降る 鐘の音
 

早起きは三文の徳

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月 6日(木)07時02分40秒
返信・引用
  TGPでも、以前、桜の季節に書き込んだな…。

若かりし日の宮沢りえが雑誌で紹介していた言葉…。

「散ることを知りながら、咲くことを恐れない」だから、
私は、桜が好き…。

桜ネタが続き恐縮。早起きして(厳密に言うと、早く目が
覚めて)、愛する街の、愛する桜を愛でてきました。

この街に来て16年目。毎年、愛でてきた桜が、咲き誇る様、
やはり格別でやんす…。

さて、新しい1日を、始めましょうか。
 

蘇澳、雨

 投稿者:いわい  投稿日:2017年 4月 6日(木)00時02分43秒
返信・引用
  戦後、沖縄人の、台湾からの引揚の拠点となった港。
今は、その蘇澳の駅前旅館に泊まっています。

港でまず、「小琉球」という看板を掲げたビンロウ屋を見つけ、缶ビールを立ち呑み。 おばさんに「沖縄の人ですか」と尋ねると、台湾の小琉球(という島がある)の出身とのこと。

次に、沖縄人が集まっていた場所へ。いくつかの本に書いてある通り、名残は全く見つけられないので、地形からいろいろ想像。

当時の蘇澳の漁港から、 小さな岬を一つ巡った所。瀬戸内の海辺の、被差別部落の立地を思わせるような。奥は頼りない砂丘、その裏は太平洋で、当時は、海陸の境目が、淡かったのだろう。 そんな、波風にさらされる浜辺に、小屋が並んでいたのだろうか。
そして今は、掘り込まれて漁港となり、土地そのものが海に沈んでしまった。

冷たい雨が降り続いていました。

ほなまた。
 

さくら

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 4月 4日(火)07時30分34秒
返信・引用
  いわいさん(いはゐさん)、いい旅されてるみたいですね。

今朝。地元・宿河原の桜です。
 

Ponso no Tao(タオ人の島)にて

 投稿者:いわい  投稿日:2017年 4月 3日(月)22時33分12秒
返信・引用
  タオ(ヤミ)族。 台湾原住民の中でも、唯一の海洋性民族とか。

その伝統的家屋が残る野銀集落。入るのも撮影するのも禁止と、ガイドブックにあったけれども、行けば、観光客がうろうろしている。僕もうろうろすると、原住民らしいおじいさんが、手招きする。全く言葉はわからないけれども、ここに座れ、ということらしい。
僕も横に座り、しばらく一緒に日向ぼっこ。しばらくして去り際、カメラを取り出して「いいですか」と尋ねると、指を1本立てる。1枚だけならいいらしい。撮影して振り返ると、おじいさんは、まだ指を立てている。 自分も撮って欲しいのか、なーんだ、と思うけれども、様子がちょっと違う。そのうちカバンから、100元札(400円ぐらい)を取り出した。
撮影は、有料だった。

タオ族、 沖縄の離島にもいそうな、肌が黒くて小柄で、のんびり過ごしている人々のようです。 丈夫な皮膚で、汗や汚れをあまり気にせずに。

ほなまた。
 

パイパティローマ滞在中

 投稿者:いわい  投稿日:2017年 4月 2日(日)22時06分30秒
返信・引用
  たましろ号のような香りの車で、着いた宿は、立派なガジュマルの下。バイクをレンタルに行くけれども、色々あって、なかなか借りられない。

台湾の蘭嶼島 に来ています。
そうさんのサイトで知ってから20年近く。やっと来ることができました。

おばあさん(たぶん原住民のヤミ族)の屋台でソーセージを買うと、日本語で話しかけられました。ソーセージでなく、餅だったけれども。

ほなまた。
 

日本4-0タイ

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 3月29日(水)01時06分8秒
返信・引用 編集済
  試合開始前、俺は、仲間たちに「今日は4-0で日本が勝つ!」と言っていて…。
寒かったけど盛り上がった埼玉スタジアム。仲間たちと勝利を共有できた夜。
幸せな時間でした(^O^)/
 

風かたか…

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 3月25日(土)22時26分36秒
返信・引用 編集済
  みんな がんばって今を生きている

その生き方に ひとつだけの正解なんてない

できることは

それぞれが 葛藤と自らの誠に照らして選んだ道を
ひとつの正解にすべく 進んでいくことだけ…

映画「標的の島 風かたか」を観てきました

愛する者たちにとって「風かたか(風よけ)」になれたらいいな
そう感じさせられた作品でした

ひとつだけの正解はないからこそ
ひとつの正解が大切なんじゃないかな

そう想う 川崎在住の47歳です…
 

3年

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 3月25日(土)07時18分44秒
返信・引用
  サッカーの次は野球だ!

早実、センバツ1回戦、いい勝ち方をしました。

明徳相手に、劇的な展開での逆転。5-4のミンサー織り
みたいなスコアでの勝利。

昨日は、3年間、同じ職場で働いてきた仲間の湯島最終日
でした。彼は北九州から、俺は川崎から、同時期に全国
組織の本部にやって来て、彼は、出身法人に任期満了で
帰任。俺とは、年齢で言えば20歳くらい離れていますが、
同じ時と同じ景色を共有してきた同期の仲間。彼は、この
3年間の間に、これまた同期の女性と恋に落ち結婚。彼が
3年前、北九州を出る時には想像すらしなかった着地点を
得て、3年後、故郷へ帰るわけで…。

花粉に悩まされる3月だけど、やっぱり春は、人と人との
出逢いと別れが多めの季節だから、その結びつきだったり
縁の有り難さに改めて気づかされる時だったりもして…。

まだ知らぬ3年後の2020年。俺たちが、どうゆう生き方を
しているのか、イマジンしながら、友を見送った2017年
3月の夜でした…。
 

よっしゃあ!!

 投稿者:はじめ  投稿日:2017年 3月24日(金)02時22分19秒
返信・引用
  おやすみなさ~い(^O^)/  

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