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フロントフォークブーツ交換

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月20日(火)19時11分54秒
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  機動性の良さで何かと重宝しているオフロードバイクXLR200ですが、フロントフォークブーツがズタボロの退っ引きならない状態になっているので、交換してみました。

フロントフォークブーツとはフロントフォーク(インナーチューブ)を保護するためのビニール製筒です。こいつが破れかかっていたので同じ色の青ビニールテープを巻き付けて凌いでいたのですが、亀裂は無数に増えた上、とうとう切断してしまったのであります。こうなるともうビニールテープでどうにかなる段階ではありません。

純正品は高価なので汎用品を選んでみました。色も素材も違いますが、イメージチェンジにはいいでしょう。こいつを交換するには前輪とFフォーク等を外さないといけなくて大変な作業になりますが、脊椎板ヘルニアに気をつけながらなんとか交換を完了させました。

写真の通り、随分とイメージが変わりました。ウェットスーツと同じ素材なのだそうですが、耐久性はどうなんでしょうね。これを交換したところで性能が上がる訳ではありませんが、あたかも何かが向上したような感じがしてきます。


 
 

ダミー盗難防止装置(ミラージュ号用)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月19日(月)18時52分29秒
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  15年車の我がミラージュ号を盗んだり車上荒らしをしようとする輩は少ないとは思いますが、備えあれば憂いなしということでダミーの盗難防止装置を製作し装着してみました。

ダミーなので警報を鳴らしたりとか、イモビライザー的な働きは全くしません。赤いLEDがただ点滅しているだけですが、これだけでも何らかの効果は得られるでしょう。

電源は車のバッテリーから取るのが最も簡単な方法ですが、バッテリー上がりを懸念してちょっと一工夫してみました。使わなくなったデジカメ用のバッテリーを内蔵させました。上写真の左上の黒い物体がそれです。エンジン停止状態でLEDが点滅し、エンジン稼働時には消灯させています。それだけではデジカメ用バッテリーはすぐに消耗してしまうので、エンジン始動から50分だけ充電するように仕込んであります。これによりフル充電出来れば5日間くらいは昼夜を問わず点滅しているはずです。

写真中はミラージュ号に装着した場面で、LEDはフロントガラス付近の目立つところに設置しました。夜ならばそれっぽく見えますが、果たして効果のほどは?

 

冬の信濃路:その5

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月18日(日)20時25分18秒
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  凸松本城(松本市)

何度訪ねてもこの天守は美しいですなあ。

最近のニュースによると埋められている松本城外堀を復元しようと言う動きがあるそうです。立ち退きを余儀なくされる店舗等も当然出てくることになるので、一悶着起きているそうな。

これにて冬の信濃路報告は一巻の終わりであります。
 

冬の信濃路:その4

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月17日(土)22時23分26秒
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  凸牧之島城(長野市)

こちらは初めての訪問でして、以前より来たいと思っていた城です。武田氏家臣、馬場信房が築城したもので、甲州流築城術の粋を尽くしております。三日月堀、丸馬出、直進枡形といった武田氏特有の築城術を思う存分堪能出来る見事な城郭と言えましょう。

写真上はその三日月堀ですが、今でも水堀になっております。
写真中はその三日月堀に守られている丸馬出で、空堀の先が主郭です。馬出と言うことで我が愛馬を写真に収めてみました。
写真下は直進枡形。こことは別にもう一箇所同様の枡形があります。直進と言っても躑躅ヶ崎館のような直進ではなくて、こちらの虎口は枡形の角に設けられています。

 

冬の信濃路:その3

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月13日(火)20時36分42秒
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  凸松代城(長野市)

こちらも何度目かの訪問ということで、今回は「松代藩文武学校」「旧真田邸」「真田宝物館」にも立ち寄って来ました。

 

冬の信濃路:その2

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月11日(日)20時09分6秒
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  凸上田城(上田市)

こちらは4回目の訪問。真田十勇士の幟が沢山が立っていまして、どうも上田市は今、真田十勇士で売り込みを図ろうとしているようです。

 

冬の信濃路:その1

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月10日(土)19時46分20秒
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  スタンプを押しに今回は長野県へ行って来ました。久し振りにZZR号で一泊の遠征です。

凸小諸城(小諸市)
多分5回目の訪問。何度行っても代わり映えはしませんが、今回は空堀の紅葉が綺麗でした。C56は隣接する駐車場に展示されているものです。雪国らしく排雪板が取り付けられています。
 

古臭い写真

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月 2日(金)18時48分17秒
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  面白いサイトを見つけたので、ちょいと利用してみました。写真をアップすると古臭い写真に加工しているという優れものです。その名も「幕末古写真ジェネレーター」。

コンクリ天守もご覧の通り。プラモも幕末テイストに。



http://labs.wanokoto.jp/olds

 

帝國陸軍騎兵第1旅団

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月 1日(木)20時01分47秒
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  近々NHKで「坂の上の雲」が再開されますが、その主人公の一人、秋山好古が所属していた帝國陸軍騎兵第1旅団跡(千葉県習志野市)に行って来ました。

日露戦争時、秋山好古少将は騎兵第1旅団長として出征し、世界最強と謳われた露西亜コサック騎兵を類い希なる騎兵戦術を駆使して撃破し、のちに「日本騎兵の父」と称された軍人であります。その秋山好古が率いていた騎兵第1旅団は習志野市に配備されておりました。

てっきりその場所は現在陸上自衛隊第1空挺団が置かれている習志野駐屯地なのかと思っていたのですが、よく調べてみるとちょっとずれた位置でした。習志野市大久保の八幡公園あたりに旅団司令部があり、その煉瓦製門柱は今でも残っております。公園内には関連の石碑もあり、騎兵旅団らしく軍馬を弔う碑もあります。

旅団は騎兵第13連隊及び騎兵第14連隊で編成されますが、前者は現在東邦大学習志野キャンパス、後者は日本大学生産工学部津田沼キャンパスになっております。下の写真はその日大キャンパスで行われた危険物取扱者試験の際に撮影したものです。

 

エックス線作業主任者

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月21日(月)19時06分48秒
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  放射能に怯えて生きていかなければならないこのご時世、放射線知識の習得を兼ねられる資格はないものかと探し当てたのがこれ。本当は「診療放射線技師」とか「放射線取扱主任者」を受験したかったのですが、いろいろとハードルが高いのでこれにしておきました。

エックス線作業というと所謂レントゲンのことなのですが、当資格は医療用のものは扱えません。工業用(被破壊検査など)に使用されるエックス線装置のみになります。

試験では「エックス線の生体に与える影響に関する知識」なども出題されるので、しっかり学習したのですが、放射線もちゃんとした知識を得れば闇雲に怖れる必要はないというのがよく判りました。あとよくテレビでは線量計を直接地べたにおいて「こんなに高い数値が出ています!」なんてやっていますが、これは間違った測り方なんですね。凄い数値が出て当然です。マスコミも線量計の使用法くらいは学んで、恐怖を煽るようなことはして欲しくないものです。

 

秋の東北巡り:その14

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月19日(土)22時27分5秒
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  ●秋の八甲田山系(青森県青森市)

八甲田山系を走り抜けた際に、紅葉が綺麗だったので何枚か写真を撮ってきました。場所は酸ヶ湯温泉付近です。

紅葉は早すぎたのか遅かったのか判りませんが、今が見頃という訳ではありませんでした。湯気の上がっている池を発見! 帰って調べてみると「地獄池」といって名勝地だそうです。爆裂火口に温泉が溜まって池になっているとのこと。

 

秋の東北巡り:その13

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月17日(木)18時27分5秒
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  城郭・史跡巡りは前回で終了なのですが、それ以外で立ち寄ったものなどをご紹介します。

●八郎潟残存湖(秋田県北秋田郡大潟村)

上写真がそれです。小学生の頃、学校で八郎潟干拓のことをみっちり学習させられた記憶があります。かつては日本第2位の面積を誇っていた八郎潟ですが、完全に干拓された訳ではなくてご覧のように残存しております。

広大な干拓地を車で走り抜けたのですが、走れど走れど水田ばかりでちょっと不気味な感じがしました。

●D51 270号機(秋田県横手市)

横手城がある横手公園内にありました。雨ざらしなのでけっこうボロボロでした。


 

秋の東北巡り:その12

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月15日(火)18時31分21秒
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  ●竹村庫之丞戦死の地(秋田県大仙市)

たまたま通りかかったので寄ってみました。こちらも戊辰戦争の戦跡の一つです。

竹村庫之丞は久保田藩(官軍)の軍監で友軍に急を告げるために単独行動していた際、この地で仙台藩兵(旧幕府軍)に取り囲まれ、腹部を撃ち抜かれ壮烈な戦死を遂げたそうです。

戊辰戦争というと会津戦争が有名なのでそれより北方での戦闘というのはあまり馴染みがなかったのですが、奥羽越列藩同盟から寝返った久保田藩はただでは済まれず、周辺諸藩から侵入を受けて各地で激戦が繰り広げられたようです。

 

秋の東北巡り:その11

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月12日(土)20時38分45秒
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  凸横手城(秋田県横手市)

久保田藩に三つある城の一つです。写真は二の丸跡に建てられた模擬天守。

戊辰戦争の際、多くが旧幕府軍に与する東北諸藩の中で官軍に寝返ったのが久保田藩です。それを周辺諸藩が黙っている訳がなく、当城は仙台藩、庄内藩の猛攻受けて落城しております。

横手と言えば、2009年B-1グランプリで優勝を勝ち取った「横手やきそば」が有名。これを食わずに帰る訳には行きますまい。夕食には早い時間ではあったのですが、しっかり味わって参りました。茹でたストレート麺に独自のソースで味付けがされております。特筆すべきは半熟の目玉焼きと福神漬けが乗っていて、その黄身を潰して麺に搦めて食べるという趣向です。

 

秋の東北巡り:その10

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月10日(木)20時39分4秒
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  凸金沢柵(秋田県横手市)

後三年の役に登場する城です。平安時代の城なら遺構の残存状態はよくまい、と思っていたら案外よく残っておりました。曲輪、堀、切岸の様子はっきりと観察出来ます。

写真下は5条の連続堀切。平安時代にこんなものがあったとはちょっと考えられないのですが、当城は戦国時代まで使用されていたという話もあるので、その頃に構築されたものか。

 

秋の東北巡り:その9

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月 8日(火)21時08分22秒
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  凸角館城(秋田県仙北市)

武家屋敷で有名な角館にある城です。麓の武家屋敷が人気の観光地なのでその城ともなればさぞかし・・・と思っていたら期待はずれでした。痛い脚に鞭打って比高100mを登るとそこにはただの削平地しかありませんでした。

武家屋敷も見学しようかと思っていたのですが、脚は痛いし、車を停めようにも有料駐車場しかないので通りを車で流してその雰囲気だけ味わって来ました。

 

秋の東北巡り:その8

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月 7日(月)21時18分17秒
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  凸久保田城(秋田県秋田市)

こちらは2度目の訪問ですが、今回はスタンプ押しにやって来ました。前回、御隅櫓はアスベスト調査の為とかで閉館だったのですが、今回はしっかり入館して来ました。

歴女と思われる女性が何人もいましたが、ゲームに佐竹義宣でも登場しているのでしょうか。

 

秋の東北巡り:その7

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月 6日(日)20時43分4秒
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  秋田城(秋田県秋田市)

古代において蝦夷討伐のために築かれた城柵の一つで宮城県の多賀城、岩手県の志波城などと同じ性格のものです。その中でも秋田城は最北端に位置しているので中央政府の支配の北限がこのあたりだったと考えられます。おそらくこれより北方は稲作が出来ない地域だったので中央政府も征服する価値なしと見なしたのでしょう。

写真上は復元された政庁の門。写真下は復元された水洗トイレ。
 

秋の東北巡り:その6

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月 3日(木)21時13分48秒
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  凸浦城(秋田県南秋田郡八郎潟町)

座骨神経痛で脚が痛いので山城は避けていたのですが、この浦城はしっかり整備されているので大丈夫だろうということでやって来ました。比高は約110mありますが、斜面をよじ登ったりはしなかったのでなんとか無地に登城出来ました。

ご覧の通り、綺麗に草木は切り払われて柵やら櫓が復元されているのが、好印象です。

当城は三浦氏の城ですが、湊合戦の際に攻撃を受け落城したとのこと。その辺の件は良質な古文書が残されているので詳細な戦闘の様子などもつまびらかになっているそうです。

 

秋の東北巡り:その5

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月 2日(水)20時04分49秒
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  凸脇本城(秋田県男鹿市)

男鹿半島付近の道の駅で車中泊した後、小雨の降る中、朝一で出掛けたのは脇本城です。当城はご覧の通り草木が綺麗に薙ぎ払われており、整備が進められとても見学しやすくなっております。こちらも群郭式城郭でして確固たる築城プランを持たず次から次へと曲輪を削平していった様に感じられます。

 

秋の東北巡り:その4

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月 1日(火)18時29分53秒
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  凸弘前城(青森県弘前市)

ここも3度目でスタンプ押しです。夕方に到着したのでライトアップされた天守閣を撮影出来ました。下写真がそれなのですが、あまりそんな風には見えませんね。

イベント(菊祭?)の最中だったせいなのでしょう、所々で紅葉がライトアップされていて綺麗でした。夕暮れの近世城郭なんてあまり馴染みがありませんが、幻想的な光に包まれた弘前城はこれまた別の情趣があってよいものでした。

 

秋の東北巡り:その3

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年10月31日(月)19時13分59秒
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  凸七戸城(青森県上北郡七戸町)

こちらは初めて訪問する城です。同県の浪岡城と同じく群郭式と呼ばれる築城プランで広大な範囲に取り止めもなく曲輪が配置されています。下写真は「北館」の切岸を望んだところ。近世城郭のような水堀も現存しております。

この城は七戸南部氏の城ですが、その北方に位置する安藤氏に対する構えだったそうです。この広大な城域は敵の侵攻に備えて大軍を駐屯させておくためだったのでしょう。

 

秋の東北巡り:その2

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年10月30日(日)18時08分50秒
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  凸根城(青森県八戸市)

こちらも3度目の訪問です。今回はスタンプを押しに来ました。
この城にはボランティアのガイドさんが何人かいまして、今回はちょこっと彼らと世間話をしたのですが、千葉県からやって来て家は地震で半壊云々と話すと随分驚かれてしまいました。青森県民からすれば関東で被害があったというのは信じられないようです。
 

秋の東北巡り:その1

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年10月29日(土)21時07分7秒
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  東日本大震災に於ける液状化で我が家が半壊してしまったここの管理人は被災者の一人です。ありがたいことに被災者支援ということでいろいろな恩恵を受けております。そんな中その恩恵(高速料金無料)を活かすべく久し振りに東北地方へ城巡りに行って参りました。

良い機会なので名城やごっつい山城を見て回りたいところですが、あろうことか腰椎椎間板ヘルニア(いわゆる座骨神経痛)になってしまいまして、まとも歩行することは出来ません。そんな訳で今回は例のスタンプラリーとお気軽な平城巡りをメインにしました。

凸盛岡城(岩手県盛岡市)
説明は不要でしょう。今回で3度目の訪問ですが、スタンプを押しに来ました。地震であの立派な石垣が崩落しているのではと心配していましたが、全く無事でした。ただ例の高石垣が孕んでおりまして、ひょっとしたら今回の地震の影響なのかもしれません。

盛岡市あたりは地震の被害があるだろうと思っていたのですが、私の見た限り全く見当たりませんでした。ブルーシートが被っている屋根はないし、傾いている電柱もありません。佐原の方がよっぽど酷くて不思議な感じがしました。

 

第一級アマチュア無線技士

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年10月28日(金)19時46分18秒
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  二級は今年の一月に取得しましたが、更に最上位である第一級に挑んでみました。ラジオ少年時代、一級なんて雲の上の存在でとても手が届かないものだと思っていましたが、とうとう到達してしまいました。

試験は複素数計算なども出題されまして結構難しいです。その代わり電気通信術が免除されたのでその点は楽でした。

二級だと送信出力は200Wまでですが一級だと1kWまで出せます。1kWなら海外との交信もかなり有利になるのですが、相変わらず所有している無線機は10Wしか出ないのでこれでは宝の持ち腐れですね。いつかは1kWで交信したいと思っております。




 

鹿島景幹、米野井城を攻める。

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年10月27日(木)18時09分21秒
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  先日、BS時代劇「塚原ト伝」に鹿島城主鹿島景幹が登場して、その後米野井城に攻め込んで討ち死にする云々という内容を記事にしましたが、本当にそのシーンが放映されました。

下のキャプチャーがそれで中央の台の上で寝ころんでいる武将が鹿島景幹です。この場面は米野井城攻撃の際、景幹が深手を負って鹿島勢の本陣に担ぎ込まれたシーンでこの直後に息絶えます。

残念ながら米野井城攻めのシーンはこれだけで木内勢との戦闘場面は皆無でした。劇中では、鹿島氏と木内氏との間で領地を争う問題が勃発し激怒した景幹は家臣が諫めるのを無視して米野井城攻めを強行したということになっていました。この辺が史実かどうかは判りませんが、領地争いが原因というのはどうなんでしょうかね。

それはともかく、米野井城攻めがテレビで映像化されたというのはこれまた胸が熱くなる出来事であります。
 

AKB48ご一行様、再び佐原へ来たる:その1

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年10月25日(火)21時41分56秒
返信・引用 編集済
  知らぬ間にまたAKB48のPVが佐原で撮影されておりました。その曲は「偶然の十字路」。

写真上:中学生に扮したAKB48の面々が渡し船に乗って対岸へ帰って行くシーン。この場所は香取市富田新田で、この船は利根川対岸を結ぶ富田渡船の「おみがわ丸」であります。かつてはこのような渡し船がいくつもありましたが、香取市で残っているのは多分ここだけだと思います。同じ場所から撮影したのに対岸の写り方が随分違うのはレンズの差でしょうか。

写真下:曲のタイトルになっている偶然の十字路とはこの場所みたいです。実は私にとってこの十字路は大変馴染みのある場所なのであります。というのも、ここは私の母校、佐原小学校のすぐ近くでしてスクールバス停留所なのです。低学年時スクールバスで通学していた私は毎日ここでバスに乗り降りしておりました。

<iframe frameborder="0" width="480" height="360" src="http://www.dailymotion.com/embed/video/xh472x"></iframe>
AKB48 アンダーガールズ 「偶然の十字路」 PV 投稿者 stfreee
 

AKB48ご一行様、再び佐原へ来たる:その2

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年10月25日(火)21時40分44秒
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  写真上:その十字路での多田愛佳嬢と高柳明音嬢です。高柳明音嬢はSKE48ですね。遠方名古屋からご苦労様です。このすぐ近くに友人宅があるのでこのPV撮影を知っていたか聞いたところ、全く気付かなかったそうです。佐原の住人はロケに慣れてしまっているのかもしれません。

写真下:ポルノ映画館として使われているのは「大使館ビル」という名の雑居ビルです。飲み屋ばかりが入っているビルでして、私もかつて呑みに行ったことがあります。怪しいポスターの女優さんは大網白里町出身の大堀恵嬢ではありませんか。かつて仕事でよく大網白里町に行っていた私は彼女に親近感が湧いてしまいます。

 

BS時代劇「塚原卜伝」

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年10月11日(火)19時08分46秒
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  2年前の塚原城発掘調査現地説明会で「何のための発掘なのか」と担当者に問うたところ「今、鹿嶋市では塚原卜伝をNHK大河ドラマに取り上げて貰うべく活動をしている。その一環として卜伝の居城を調査し整備するのだ」という答えが帰って来ました。その鹿嶋市民の情熱がNHKに伝わったのでしょうか、大河ドラマではありませんが「BS時代劇 塚原卜伝」が始まっております。

私もさっそく観てみました。

【キャプチャー上】
おお!これは北浦から望む鹿島城? 風景は現在の鹿嶋と変わりません。湖面から鳥居が建っていますが、昔本当にこんなのがあったような記憶があります。

【キャプチャー中】
やはり鹿島城か! って、これ逆井城なんですけど・・・。前のキャプチャでもそうですが城の比高が低過ぎますな。不満は残りますが中世の城郭らしいいい雰囲気は出ております。

【キャプチャー下】
こちらは城内にて鹿島城主、鹿島景幹の図。鹿島城の城内や鹿島氏がドラマで観られるなんて、鹿島城を担当した私としては胸が熱くなる瞬間であります。しかもこの鹿島景幹はこの後、理由は判りませんが木内氏の居城、米野井城(香取市)に攻め込みあろう事か討ち取られてしまうという、ちょっとお茶目な戦国武将でもあります。これを演じている東武志さんはそのことをご存知のようで、その供養?のために香取神宮に参拝されております。

http://ameblo.jp/azuma-takeshi/entry-10988286858.html
 

毒物劇物取扱者

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 9月 2日(金)20時01分19秒
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  当資格は毒物劇物の製造、販売、輸入をする場合に必要な資格です。合格証書に「一般毒物劇物取扱者」とありますが、この「一般」とは全ての毒物劇物を取り扱えることを指しています。

当資格には免許証というものはなくてご覧のような合格証書がそれの代わりになります。A4サイズの賞状タイプですがなんとも味も素っ気もないデザインとなっております。千葉県知事鈴木栄治って誰?と思われる方も多いと思いますが、こちらは青春の巨匠こと森田健作氏の本名であります。

試験内容はというと、高校レベルの化学、毒物劇物の性状及び貯蔵その他取扱方法、法規の知識が問われます。人体に対する毒性やその解毒法なども出題されるので、化学のみならず薬学や医学の分野にも足を突っ込むことになります。大変だったのは毒物劇物の名前を憶えることでして「ジエチルパラニトロフェニルチオホスフェイト」なんてのがゴロゴロ出て参ります。ともかく馴染みのない薬品が多いので苦労しました。

危険物取扱者、毒物劇物取扱者とアブナイ系を所得してきたので、今度は火薬関係とか放射線関係にも挑んでみたいですね。
 

坂野家住宅

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 9月 1日(木)19時11分46秒
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  常総市にある「板野家住宅」に行って来ました。坂野家住宅はこの地の豪農(惣名主)の屋敷で現在は国指定重要文化財水海道風土資料館として公開されています。場所は大生郷城のすぐ近くであります。

今回、ここを訪れた理由はドラマ「仁-JIN-」ロケ地探訪のためであります。「仁-JIN-」においてしばしばcap1の竹林が登場しますが、ここが坂野家住宅の敷地内にある竹林なのであります。(写真1)

テレビで見るとかなり広大な竹林にように感じられますが、現地に行ってみると意外と狭いものでした。

ここ坂野家住宅は「仁-JIN-」以外にも沢山のドラマや映画のロケが行われているとのこと。写真2は外観で「仁-JIN-」ではこの室内でも撮影が行われていたそうですが、残念ながらどのシーンなのかは特定出来ませんでした。
 

千葉モノレール

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 8月27日(土)19時45分56秒
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  先日、千葉市へ資格受験に行った際、モノレールに乗ってみました。本当は乗らなくても行ける場所だったのですが、モノレールは未経験なのでちょっと遠回りしてまで楽しんできました。

千葉モノレールは懸垂型モノレールとしては営業距離世界最長だそうです。懸垂型の利点はカーブでもあまり速度低下させなくても走行出来るということですが、実際、通常の列車ではあり得ないスピードでRのきついコーナーを快適に走り抜けて行きます。その分、車体が遠心力で外側に振られるのも心地いいです。意外と高低差もありまして、登ったり降ったり曲がったりの連続はまるでジェットコースターのようでもあります。

当然駅も空中にあるのですが、列車が近づくにつれて駅舎自体がグラグラ揺れ出すのには面食らいました。
 

情報処理技術者(ITパスポート)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 8月23日(火)00時37分7秒
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  今回はIT関連の資格を取ってみました。ITパスポートというとなんだか軽薄に感じられてしまいますが、れっきとした国家資格であります。かつては「初級シスアド」と呼ばれておりました。

元々パソコンは得意なのでその分野は楽ちんでしたが、経営戦略系の問題は全く門外漢なのでこちらは少々苦労しました。

ご覧の通り、合格証書はカードタイプではなく免状タイプです。かつては点数が記入されていたようですが、現在では廃止されております。今までいくつか資格証は頂いてきましたが、大臣の署名があるのはこれが初めてでちょっと感動しております。しかも号泣大臣の誉れ高い海江田万里氏ではありませんか。なんだか特別にレアな価値があるように思えてきます。
 

危険物取扱者乙種4類

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 8月 4日(木)21時46分37秒
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  これまで電気関係の資格ばかり取得してきたので、今回は違うジャンルに挑んでみました。危険物取扱者乙種4類です。

危険物取扱者とは、消防法に基づいて危険物の取り扱いや立ち会いの出来る国家資格であります。4類というのはガソリンや灯油などの引火性液体を指します。具体的な職業だと、ガソリンスタンドの店員や燃料を積載したタンクローリーの運転手ということになります。

試験はそれほど難しいものではありませんでした。物理と化学の基礎が出題されますが、中学校程度なのでなんとかなります。むしろ貯蔵法の細かい規定などを憶えなくてはいけない法令の方が厄介でした。

試験会場は銚子市内の大学でして、海のすぐそばにあるものですから窓から雄大な太平洋を望みながら試験を受けたのでありました。たまにはこんな試験もいいですね。
 

情報通信エンジニア

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 7月27日(水)19時48分19秒
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  工事担任者(AI・DD総合種、DD第1~3種)の資格があれば申請するだけで戴けるというので、取得しておきました。その代わり有効期限は1年間だけで、更新するにはその都度レポート提出しないといけません。

当資格は情報通信に関する最新の技術・知識を修得している工事担任者であることを証明するものだそうです。この業界のテクノロジーは日進月歩で進歩しているので、絶えず新技術や新知識を習得する必要があると言うことでしょう。

ご覧の通り、賞状型の登録証とカード型の資格者証を戴きました。
 

JIN-仁-完結編ロケ地

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 7月23日(土)00時48分5秒
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  完結編も評価の高いドラマ「JIN-仁-」ですが、我が家の近所でロケをされているのが判明したので、ちょいと写真を撮ってきました。

まずはcap1,2をご覧あれ。これは第七話、坂本龍馬が長崎のとある神社にて大政奉還について思案しているシーンです。「長崎」というテロップが入りそれらしい飾りもされていますが、ここは千葉県香取市佐原イに所在する諏訪神社です。佐原の大祭(秋)はこの神社の祭礼でもあります。このシーンを見た瞬間、「見たことのある神社だぞ」と感じたものの、かつてどこかの城巡りをしている時にでも見かけたものと思い込んでおりましたが、まさか我が家の近所だったとはつゆ知らず。

劇中では長崎風の飾りで隠されていますが、その奥には石柱のようなものが見えますね。(写真1)これには「三笠宮殿下御参拝記念樹」と彫られております。そんな文字が写ることはないとは思いますが、小道具を使うついでに隠したものでしょう。

 

工事担任者

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 7月16日(土)22時43分4秒
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  以前からちょっと興味のあった工事担任者の資格に挑んでみました。工事担任者とは、電気通信事業法に基づき、電気通信回線設備に端末設備等を接続する工事を実施又は監督するために義務づけられている国家資格です。平たく言えば、電話工事するための資格と言っていいでしょう。近年では電話回線のみならずインターネット回線やネットワーク構築の需要も多く注目されている資格の一つです。

当資格には七つの種別がありますが、最も難易度の高い「AI・DD総合種」を受けてみました。ここまで順調に全て一発合格してきたのでつい調子に乗ってAI・DD総合種に挑んだのですが、これが難しいのなんの! 特に用語が難解で何度参考書を読み返してちんぷんかんで、挫折しかけたこともありましたが、用語の壁を乗り越えてからは面白いように理解出来るようになって手持ちの問題集なら90点くらいとれるようになっていました。

試験当日、会場へは電車で向かったところ、なんと震度4の地震に襲われて電車が40分ほど停止。挙げ句の果てに乗り換え駅では待てど暮らせど次の電車は来ず。仕方ないので電車を諦め、タクシーを拾って試験会場まで乗り付けたのでありました。なんとか遅刻はせずに済みました。

本番試験はさすがに難しかったです。過去問重視の勉強をしていたのですが、これでは対応しきれない問題も多く勘勝負に頼ることもしばしば。普段は早めに退出してしまうのですが、今回ばかりは終了時間ぎりぎりまで費やしました。

約20日後、めでたく合格通知が届き、免許証も取得した次第です。免許証は同じ総務省管轄と言うことで無線従事者のものと同一のフォーマットとなっております。
 

榛名山と伊香保温泉

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 7月13日(水)21時26分48秒
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  前記事の染谷川古戦場巡りは\1000高速が終了するのを機にバイクで出掛けて来たのですが、ついでにツーリングっぽいこともして来ました。

まずは榛名山。榛名山は2回ほど行っているのですが、いずれも濃霧及び雪で何も見えない状態で悔しい思いをしておりました。今回は妙見菩薩のご加護か、ご覧の通り美しい榛名湖と榛名富士を楽しんで来ました。(写真上) 赤い花はツツジです。知らなかったのですが、ここ榛名山はツツジが有名なのだとか。

写真下は榛名山山腹から眺めた伊香保温泉です。宿泊はしませんでしたが、日帰り温泉に入り心身を癒して参りました。

それと前記事の染谷川古戦場の場所を記し忘れていたので、改めてご案内します。染谷川古戦場、妙見寺は「群馬県高崎市引間町」にあります。

 

千葉氏妙見信仰の聖地

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 7月12日(火)19時47分6秒
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  千葉一族の城址には今でも妙見神社が残されているが多いことからも、千葉一族の妙見信仰は有名ですが、その発端になった出来事をご存知でしょうか。「紙本著色千葉妙見大縁起絵巻」などに記されているので簡単に説明を。

「紙本著色千葉妙見大縁起絵巻」はこちら。その時の様子が描かれております。

http://www.city.chiba.jp/kyoiku/shogaigakushu/shogaigakushu/kyodo/emaki.html


千葉氏の先祖である平良文は甥の平将門と共に叛乱を起こし上野国の国府を襲撃します。ところがそれを迎え撃った平国香と国府近くの染谷川にて激しい戦闘に突入しました。七日間の戦闘の末、良文勢は僅か七騎まで減じ敵軍に包囲され絶体絶命の窮地に陥り、神仏に助けを乞うたところ、戦場すぐ近く七星山息災寺の本尊、妙見菩薩が示現したのです。妙見菩薩は矢を拾い、それを良文の七騎に射させたところ、無数の剣の雨となって敵勢に降り注ぎ壊滅させたのです。これにより良文勢は大勝利を得、この後、妙見菩薩を厚く信仰するようになったとのこと。

実はこの伝承、眉唾物とも言われています。というのも、史実では将門が上野国国府を襲った時、すでに叔父の国香は将門によって殺害されているからです。良文が将門とともに上野国国府を襲ったというのも事実かどうかは判っていません。


その染谷川古戦場と七星山息災寺(現、妙見寺)に行って参りました。写真上は染谷川です。このあたりが合戦場だったそうで、写真右奥に見えるお堂が妙見寺です。

写真下は妙見寺本堂。寺なのに神社様式に見えるのは神仏習合の名残です。

この近くにある「上野国分寺館」の学芸員さんに上記の伝承を伺ったところ、
「将門が国府を襲撃して染谷川で合戦になったことは地元の人なら誰でも知っている。戦死者の血で真っ赤に染まったことから『染谷川』と名付けられた。良文が参戦していたことと、妙見菩薩が示現したことは知らない」
と言うことでした。というわけで満更眉唾物とも言えないようです。
 

第四級海上無線通信士

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 5月10日(火)18時57分57秒
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  第四級海上無線通信士は海上関連の無線設備を操作出来る資格です。要するに船舶等の通信士ということになりますが、四級では国際通信は出来ないので国内だけとなります。

今まで私が取得してきた無線従事者免許は全て「~~無線技士」なのですが、唯一「通信士」なのがこれです。そんな訳でちょっとカッコイイ資格でもあります。

試験内容も海上無線と言うことで遭難通信等がよく出題されるのですが、果たして私がマイクに向かって「メーデー!メーデー!」なんて叫ぶ日が来るのやら?
 

第一級陸上特殊無線技士

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 5月 9日(月)22時00分5秒
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  数ある特殊無線技士の中でずば抜けて難易度が高いのがこの第一級陸上特殊無線技士です。私の受けた無線従事者試験では最も難関でした。

当資格はマイクロ波を用いた多重無線設備の操作が出来ます。巨大な鉄塔にパラボラアンテナが設置されているのをよく見かけますが、あれです。その他、衛星通信、陸上レーダー、陸上移動系無線(警察無線とかタクシー無線とか)などの操作も出来ます。

23ある無線従事者で最も人気があるのが当資格でして、全無線従事者試験の受験者47854名に対し当資格受験者はなんと14064名(平成21年度)と際立って人気が高いのも特徴です。どうして人気があるのかは判りませんが、私が受験した時も200人くらい入る大部屋で行われました。
 

航空特殊無線技士

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 5月 8日(日)19時16分58秒
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  無線従事者免許は全部で23種類あります。そのうち4種類がアマチュア無線技士で残りは全てプロ用免許となります。「プロ用の無線従事者試験はアマチュア用よりもずっと難しいはず」と勝手に思い込んでいたのですが、ネットで既出問題を探して解いてみると、それほど難しくないのもある。ならば取ってしまおうと最初に選んだのがこれ。

航空特殊無線技士とは自家用航空機無線設備などを操作するために必要な資格です。要するに自家用セスナ機等のパイロットなら必須の代物です。これで私も憧れのパイロット!、と言いたいところですが、この資格を持っているだけでは航空機の操縦は出来ません。

学科試験はとても簡単で試験時間1時間のところ、6分くらいで終わってしまいました。電気通信術(電話:欧文暗語)の試験もありますが、これはアマチュア無線家であればどうってことのないものです。そのせいか、試験場では数人の中学生も受験に来ていました。
 

第2級アマチュア無線技士

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 5月 7日(土)22時20分33秒
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  アマチュア無線技士免許は随分昔に電話級と電信級(現4級と3級)を取得していまして、いつかは憧れの2級を、と狙っていましたが、試験が難しいのでなかなか受ける気も起こらなかったのでありました。

ところが、調べてみるといつの間にかかなりハードルが下がっておりまして、電信級を持っていれば電気通信術(モールス)の試験が免除されることになっているではないですか。これはチャンスとばかりに勉強を開始。対数計算の問題などが出題されるのですが、もうそんなものはすっかり忘れてしまっているので、ラジオ講座を聴いて復習することに。まるで高校生になった気分でした。そんな甲斐もあってか合格することが出来ました。

3級だと送信出力は50Wまでなのですが、2級だと200WまでOKです。とは言うものの、所持しているトランシーバは古いものしかないのでたったの10Wしか出せません。これでは大型自動二輪の免許を持っているのに原付で走っているようなものなので、ちょっと情けないです。
 

ラジオ・音響技能検定3級

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年 5月 5日(木)19時52分18秒
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  去年の秋からいくつか検定や資格に挑んでみました。手始めに選んだのがこれ「ラジオ・音響技能検定3級」。ラジオ・オーディオ機器などアナログ回路の知識と技能を検定するものです。元ラジオ少年には打って付けの検定と言っていいでしょう。電子工作を趣味としている私としては自分のスキルがどれほどのものか試したいという気持ちもありました。
1級から4級まであるのですが、手始めと言うことで挑んだのは3級。結果は見事合格だったのですが、ちょっと物足りなく2級を受けておけば良かったと少々後悔しております。でも、久し振りに受けた試験はなんとも懐かしい感じがしてそれだけでもいい体験となりました。
 

ミニアンプ2題

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2010年 5月31日(月)19時35分15秒
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  またオーディオアンプの製作です。でも今回はいつもとはちょっと趣向が違います。今まで製作したアンプは全てパワーアンプICを使用したものでしたが、今回はディスクリート部品で作ってみました。ディスクリート部品とは集積回路(IC等)ではなくトランジスタなどの単体部品のことを言います。安易なICに頼らず基本に戻ってトランジスタで組んでみようと言う魂胆です。

初め、教科書を読みながら2石A級動作シングルアンプを設計し、仮組みまでしたのですが、あまりの効率の悪さにこいつの正式採用は断念しました。ネットで探すとお誂え向きにプッシュプルB級アンプの作例がみつかりましたので、それらをほぼ踏襲して製作してみました。

ミニアンプ1はこちらを

http://www.hct.zaq.ne.jp/kyotani/miniamp/miniamp1.htm

ミニアンプ2は

http://www.ops.dti.ne.jp/~ishijima/sei/elec3/amp-1.htm

を参考にさせて戴きました。石の選定や電源回路はちょっと変えております。

ミニアンプ1は6V動作で出力は250mW×2くらい。6Vなので乾電池4本でも鳴ります。出力は小さいですが、4Ωのスピーカで8畳の部屋なら十分な音量を出せます。ただ、あまり音量を上げると歪んでしまいます。全てディスクリート部品のはずだったのに、電源回路でIC(三端子レギュレータ)を使ってしましました。

ミニアンプ2は10V動作で出力は500mW×2くらい。こちらの方が利得が小さいのでミニアンプ1よりも音量は小さいですが、歪みにくいです。こちらはICは一切使わず正真正銘ディスクリート部品のみです。

ミニアンプ2は基板剥き出しになっていますが、実はミニアンプ1の筐体を共用出来るように作ってあるので、簡単に換装出来るのです。ネジ2本とコネクタ3個を付け替えるだけで換装完了です。
 

小幡城(茨城県東茨城郡茨城町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2010年 5月27日(木)22時37分12秒
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  外郭部に高速道が通ることになった小幡城に行って来ました。以前、発掘調査説明会が行われた場所がまさに高速道になっていました。掘り起こされた見事な横堀などはただの土くれになってしまったのでしょう。

その高速道を跨ぐ橋の名が「小幡城跨道橋」。一体誰のネーミングなのでしょうか。このプレートを書いたのは地元の小学生だとか。

写真下の中央付近はI氏が発見した遠堀があった場所です。
 

小西城(千葉県山武郡大網白里町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2010年 5月26日(水)22時33分0秒
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  近い将来、圏央道建設のため湮滅する運命の小西城を見てきました。そんな訳で発掘調査の真っ最中でした。

以前訪れた時は酷い薮だったのですが、現在ではほぼ全域で伐採され堀も掘り起こされているので、往時にかなり近い姿を見ることが出来ます。特徴的な主郭への導入路なども実によく観察出来ます。写真はその導入路付近の遠景です。近影は大人の事情という奴でご勘弁を。

素晴らしい縄張りを持つ小西城ですが、湮滅は免れないようなので、ご覧になりたい方は早いうちにどうぞ。
 

上総國国分寺・国分尼寺(市原市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2010年 5月24日(月)21時38分51秒
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  上総國の国府は現在の市原市役所付近にあったとされています。国府そのものの場所は特定出来ていませんが、国分寺、国分尼寺は発掘が行われて回廊などが復元されております。

写真上。国分寺跡にある七重塔の礎石。この七重塔の高さはなんと63mもあったと推定されております。すぐ近くの市原市役所(10階建て)を凌ぐ大きさです。奈良時代にそんな巨大構造物を建設するテクノロジーがあったというのは驚きです。現在のスカイツリーとも申しましょうか。

写真中・下。復元された国分尼寺の回廊。こちらはこのように一部が復元されて古代の寺の様子を窺い知ることが出来ます。広大な敷地を持っているにもかかわらず、尼さんはたったの10人しかいなかったとか。

上総國国府というと、かつて国文学の学徒であったここの管理人は「更科日記」を想起せずにはいられません。更級日記の著者、菅原孝標女が少女期この近くで暮らしていたからです。彼女が京の物語世界に憧憬を抱いていたのがこの地であったと思うと実に感慨深いものがあります。「史跡上総国分尼寺跡展示館」の学芸員さんに、「菅原孝標女の住居跡って判っているのですか」と伺ったところ、全く不明だそうな。国府の場所すら確定出来ていないのだから当然と言えば当然のことですな。
 

寛永寺黒門

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2010年 5月17日(月)00時02分37秒
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  寛永寺黒門(荒川区南千住)

上野戦争で最も激戦地だったのが、上野山入口の門「黒門」付近でした。城で例えれば虎口みたいな場所と言っていいでしょう。その門が円通寺に移築されています。

激戦地だけあって、無数の弾痕が残されております。よく「蜂の巣にしてやる」などと言いますが、本当に蜂の巣状態です。よくも炎上せずに残ったものです。
 

寛永寺旧本坊表門

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2010年 5月14日(金)22時15分34秒
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  寛永寺旧本坊表門(東京都台東区上野公園14番)

上野戦争の戦跡を見てきました。上野戦争とは彰義隊ら旧幕府軍が立て籠もる上野寛永寺に新政府軍が猛攻を加えて撃破した戦闘であります。大伽藍であった寛永寺はそのほとんどを焼失しましたが、この旧本坊表門は戦火を免れて現在の位置(寛永寺輪王殿)に移築されております。

門扉には幾つかの小銃弾の痕と砲弾が貫通した穴が今でも空いています。砲弾の穴は直径10cmくらいなのですが、ひょっとするとこれは長州藩が撃ち込んだアームストロング砲の痕かもしれません。
 

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