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測量士補

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2013年 1月10日(木)00時35分45秒
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  ここの管理人はかつて測量器を販売していたり、郷土の英雄に伊能忠敬がいたりと測量に馴染みがあります。そんなよしみもあって測量士補の資格を取得してみました。測量士補というのは測量士の助手みたいなものです。

試験は計算問題が多くて数学の苦手な私は結構苦労させられました。電卓等の持ち込みは禁止されているので全て手計算です。その代わり、測量の基礎は研修で習得しているし測量器の扱いに関しては一応プロだったのでこの辺りは取っつきやすかったです。

測量士補には免許証等は存在せず、その代わりに「測量士補登録通知書」というA4のコピー用紙に印刷されたものが送られて来るだけです。登録免許税が15000円もするのにたったのこれだけとは悲しいものがあります。

通常、受験に関する願書らや申請書等は郵送(簡易書留)で送るものですが、毎週つくば市に通っているここの管理人は直接国土地理院(つくば市)に持参していました。たぶんそういう人は少ないと思うのですが、簡易書留料を浮かすことが出来ました。
 
 

平成二十五年城初め

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2013年 1月 3日(木)19時12分21秒
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  ひづめさん夫妻と例年恒例の城初めをしてきました。訪問城は小金城(松戸市)、国府台城(市川市)、国分城(市川市)、ついでに矢切の渡し(市川市)です。

国分城(市川市国分)は初めての訪問ですが、実はここは以前から訪れたかったのであります。と言うのも、我が地元佐原の領主国分氏が本矢作城にやってくる前の城と目されているからなのです。国分という苗字もこの地名から採られております。

遺構の残存は期待していなかったものの、巨大な土塁が現存しこれは嬉しい誤算。佐原にやってきた国分胤通がこの地にいたのは鎌倉時代初期までのはずなので、この戦国の息吹を感じさせる土塁は胤通とは無関係と思われます。

上写真はその土塁。

下写真は「矢切の渡し」。正月とあって結構賑わっておりました。対岸の柴又帝釈天はきっと凄いことになっているはず。

 

製作途中のトランシーバ:その2

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年12月29日(土)19時13分36秒
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  アルミ製ケースに組み込んでみました。ついでに送信機にリニアアンプを追加してパワーアップも図ってみました。右のデジタルマルチメーターが0.082Vを表示していますが、82mW出力中であることを表しております。これは無変調時なので仮に変調率を100%だとすると平均電力値は123mWということになります。

実はこの値は出過ぎでして、若干、異常発振ぎみの状態で撮影したものです。100mWくらいが異常発振なしでベストな状態みたいです。受信機の方は何も問題もなく動作しております。

電池は006Pを予定していますが、006Pは容量がお粗末なので容易に交換出来るよう外付けにするつもりです。ただ006P用の電池ボックスは手元にないので調達するまでの間、完成はお預けです。
 

逆井城(板東市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年12月28日(金)21時21分25秒
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  約7年ぶりに逆井城にやって来ました。すっかり様変わりしているのでは、とちょっと不安を抱いていましたがほとんど変化なしだったので一安心です。

城内にある「そば工房 智姫」も健在でした。

 

製作途中のトランシーバ

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年12月15日(土)00時41分51秒
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  50MHz帯A3Eトランシーバを製作中です。周波数は50.620MHz固定、出力は無変調時で約13mWです。トランシーバの製作は初体験でして、実はこれ三年前ほど前に製作始めたところうまく動作しなかったので放置していたものを、最近になって組み直したものです。徹底的に実験を繰り返して不具合を解消しました。

あとは受信機の動作確認とケースに格納すれば完成です。
 

PCファンコントローラの製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年11月29日(木)20時41分53秒
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  以前製作したパソコン冷却用ファンコントローラは一定温度でオン・オフを繰り返すだけの単純な仕組みでしたが、今回はそれにグレードアップを図ってみました。すなわち、温度の上昇と共にファン回転数を上げるというものです。

回転数制御はPWMで行っています。25度でゆるゆると回転し始め、35度でフル回転になります。PIC等を利用すれば簡単に作れるらしいのですが、ここの管理人はデジタル回路は門外漢なので全てアナログデバイスでこれを実現させました。お陰でオペアンプを6個も使用しております。

温度センサーにドライヤーで温風を吹きかけますと、温度に連動して回転数が変化するのを確認出来ました。さっそくパソコンに組み込んで使用しておりますが問題なく動作しているようです。(ケースを閉めてしまうと回転しているかどうかも判らないので・・・)
 

東条城(茨城県稲敷市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年11月27日(火)20時38分59秒
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  東条城は常陸大掾氏の分派、東条氏の居城であります。現在、主要部は某企業の敷地(撤退?)なので見学は出来ません。なぜそんな見所のない当城を取り上げたかというと、戦時中、首相だった東條英機がこの東条氏の末裔ということを最近知ったからなのであります。彼ののルーツが思いの外近所に存在したというのは驚きであります。

江戸時代、東條英機の先祖は盛岡藩に能楽師として仕えていたそうですが、一体どういう経緯で盛岡へ移り能楽師を生業とするようになったのか気になるところでもあります。
 

マザーボードの修理

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年11月17日(土)11時54分54秒
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  今ではほとんど使用していない古い自作PCの蓋を開けて中身を覗き込んだところ、マザーボード(MSI MS-6368)に使用されている電解コンデンサの一つが膨れているのを発見しました。外国製の安物電解コンデンサにはよくある事象です。このパソコン、取り敢えず問題なく動作はしていましたが、そのうち確実に不具合を起こします。ならば自分で修理しようとこのパンク寸前の電解コンデンサを交換してみました。

ご覧の通り、交換前は矢印の電解コンデンサの頭が膨れております。まだ液漏れはしていませんでしたが、これを放置すると漏れだした電解液が更に被害を増大させることになります。

件の電解コンデンサは「1500uF、10V、105度(TEAPO、台湾製)」のものですが、同じものの入手は困難なため「2200uF、10V、105度(信頼の日本製)」のものに交換しておきました。この部品はおそらく電源平滑用のものなので容量が増えても問題ないはず。(むしろ高性能に)

鉛フリーのなかなか溶融しないハンダに苦労しつつも作業は完了し、パソコンをもう一度組み上げて電源を入れてみますと、何の問題もなく作動しました。

パンク寸前の台湾製コンデンサの容量を計測してみると約1000uFほどに減少していました。このくらいなら何とか動作するということですね。

 

ガンマ線透過写真撮影作業主任者

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 8月14日(火)19時29分56秒
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  昨年、エックス線作業主任者の資格を取得しましたが、これを持っているとガンマ線透過写真撮影作業主任者の一部試験免除が受けられるのでついでに受けてみました。

試験の際、試験官が「昨今は福島の原発事故以来、放射線への関心が高まって来ていて云々」という話がありました。確かにガンマ線に怯えながら生活しなくてはいけなくなるとは思いも寄らぬことですからね。

ガンマ線透過写真撮影とは放射性同位元素より発するガンマ線を利用し透過写真を撮影し内部の検査等を行う仕事です。放射性物質には主にコバルト60、セシウム137が使用されます。その放射能の量は100テラベクレルにもなる場合があります。もちろん内部被ばくと外部被ばくでは同じ比較は出来ませんが、食品の100ベクレルくらい吹けば飛ぶような数値に思えてしまいます。

いろいろ資格を取得して来ましたが、正直言ってこの仕事だけはちょっとやりたくないなあ、という感想を抱きました。
 

車載ノートパソコン用DC-DCコンバータ

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 8月13日(月)20時56分0秒
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  ミラージュ号での長距離遠征の際いつもノートパソコンを積み込んでいますが、この電源の取り回しがいつも厄介だったのでこれを解消すべく電子工作をしてみました。

従来は次の通りです。車のシガーライター->市販DC-ACインバータ->ノートPC専用AC-DCコンバータ->ノートPC

電流的には 直流12V->交流100V->直流20V という非効率的な変換を余儀なくされていました。それよりもシガーライターからノートPCまで二つの変換装置を介さなくては行けないのが鬱陶しかったです。シガーライター(直流12V)から一気に直流20Vを得られれば解決出来ます。そこで製作したのがDC-DCコンバータです。

LM2588T-ADJをパラレルにして最大6Aまで使用可能(たぶん)。LED電圧計を備えバッテリー電圧を把握することが出来ます。バッテリー電圧が10.7Vまで低下するとLEDとブザーで警告。更に10.5Vに至ると強制的に昇圧を停止させます。おまけに市販DC-ACインバータも取り付けて交流100Vも取り出せます。

これをシガーライターもしくは余っている車用バッテリーに繋げば直接ノートPCを駆動出来ます。で実際に使用したところ、何の問題もなく実に快適に作動しました。ただ、ちょっと想定外だったのが一つありまして、せっかくLM2588T-ADJをパラレルにしたにも関わらず、通常は片方しか動いていないと言うことです。出力電流が大きくなって片方だけでは限界になるとようやくもう片方が作動するといった具合です。もうちょっと工夫するとこれは解消出来るようですが、今のところは実害もないのでそのままにしています。

長旅には重宝しておりまして、シガーライターに接続して使用することはほとんどなく、別の余ったバッテリーに繋いでおります。そうすればエンジンをかけていなくてもノートPCを使えます。よく車中泊する際、これで動画などを観て楽しんでおりました。
 

AM中波ラジオ用ループアンテナの製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 8月11日(土)19時24分55秒
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  ストレートラジオ2号機のあまりの感度の低さに業を煮やして、高性能アンテナを製作することにしました。中波用高性能アンテナと言えばループアンテナでしょう。

エナメル線を蜘蛛の巣状に巻いております。一辺が50cmもあるので結構でかく部屋に置いておくと邪魔です。下の方にあるタッパウェアは同調装置&高周波アンプです。

で肝心の性能ですが、これが想定外の高性能ぶりで低感度ストレートラジオも嘘のように高感度ラジオに! 昼間なら関東一円、夜なら日本全国のAMラジオ局を受信出来ます。ストレートラジオは選択度が悪いのが欠点ですが、ループアンテナの方でも同調させているので選択度は向上します。

反面、アンテナ側とラジオ側両方でチューニングをしないといけないのはちょっと面倒です。あと、これはアンテナの問題ではありませんが、私の部屋はデジタル機器が多いのでそのノイズを結構拾ってしまうと言うことです。テレビやパソコンの電源を切らないと聴くことが出来ない局もあります。

 

ストレートラジオ2号機の製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 8月10日(金)19時56分33秒
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  今までラジオは何度も製作してきましたが、どれも何方かの設計によるものをただ踏襲しただけだったので、今回は自分で一から設計したものを製作してみました。とは言うものの、書籍やネットからいろいろ参考にさせて頂いております。

いきなりスーパーヘテロダイン方式は困難なので、単純なストレート方式を選択。目標は外部アンテナなしで在京ラジオ局全てが受信出来る感度で、スピーカーを鳴らして部屋で聴けるくらいの出力を持つ性能です。それとICは使用せずディスクリート部品のみで挑みます。

で、完成したのがこれ。初めてランド方式の実装、重箱の筐体、バリキャップチューニングの採用と意欲作ではあるのですが、性能的には失敗です。感度が悪すぎて昼間だとNHK第一、NHK第2、文化放送の3局しか受信出来ません。しかもフルボリュームで蚊の鳴くような音しか出ない。夜ならもう少しまともに聞こえますが、それでも期待ほどの性能ではありません。ただ、外部アンテナを接続するとかなりまともになります。それとストレート方式の特徴なのでしょう、音質はかなりいいです。

2号機と銘打っている通り実は1号機もありまして、こちらはさらに低性能だったのですでに解体しております。
 

HIDランプ

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月29日(日)20時09分41秒
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  かねがね、我がオフロードバイクXLR200号はヘッドライトが暗くて(原付と同じたったの35W)夜間走行はかなり気を遣わなくてはならないことに懸念を抱いておりました。近頃はネットオークションで中華HIDランプがかなりの安価で出回っているので試しに購入してみました。

HIDランプとは別名をディスチャージヘッドライトとも言い、従来の白熱電球がフィラメントに電流を流し電熱により点灯するのに対し、電極間を放電させて点灯させる仕組みになっております。白熱電球に比べると高効率、長寿命などの特徴があります。

交換作業は、電球を変えるだけという訳にはいかず、その他の補機をも装備する必要があります。私が購入したものはバッテリーに直接ケーブルを接続するタイプで少々配線工事が必要となりました。補機類であるバラスト、安定器はカウルの裏側に貼り付けました。中華HIDは耐水性に難がありそれが原因で故障することが多いという情報を得たので、コーキング剤を塗りたくっておきました。

で、作業を完了し実際に点灯させてみたところ、眩しい!! HIDは消費電力が同じなら白熱電球の約2倍の光度らしいのですが、私の見た目ではそれ以上です。思っていたよりも明るいのでこれは嬉しい誤算です。安物はちらつきがあって安定しないのも多いという話ですが、それもありません。ただ色温度は6000Kなので白昼色を期待していたのですが、緑色っぽいです。点灯し続けているうちに本来の色になるという情報もあるので、そのうち真っ白な色になるのかもしれません。

安物中華HIDであるにも関わらず、期待以上の明るさで大成功でありました。夜間走行も何度かしていますが、実に快適です。
 

危険物取扱者 乙種第3,5,6類

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月28日(土)19時19分46秒
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  昨年、乙種第4類を取得しましたが、被災者優遇措置(受験料免除)を利用して乙種第3,5,6類も受けてみました。

第3類とは自然発火性物質及び禁水性物質、第5類とは自己反応性物質、第6類とは酸化性液体を指しています。四つ持っていればかなり広範囲の危険物を取り扱うことが出来ます。

 

四国ツアー:その26

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月26日(木)19時22分10秒
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  ●JR四国 予土線「江川崎駅」(高知県四万十市)

こちらも「ロケみつ」ネタです。稲垣早希嬢が何もないへんぴな駅で下車したところ無一文になってしまい宿探しで苦労していた場所です。本当に何もない場所でした。

早希嬢が「よんまんじゅうの里」と読んでいた看板もありました。

以上で四国ツアーは一巻の終わりでございます。


 

四国ツアー:その25

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月23日(月)19時31分43秒
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  四国ツアー:その25

史跡巡りは前回で終了しまして、今回の四国ツアーでおまけに立ち寄った場所をご紹介します。

●宇和米博物館(愛媛県西予市)

予定にはなかったのですが、宇和島城へ向かっている最中その看板を見つけて何のため躊躇いもなく立ち寄って来ました。宇和米博物館は全国的にも珍しい「米」の博物館で、その建物は古い小学校の校舎を利用しているのが特徴です。

そんなことはどうでもよくて、実はこの博物館は「ロケみつ」で稲垣早希嬢がプラグスーツで雑巾掛けをした場所でもあるのです。プラグスーツを着せられて嫌がるものかと思いきや、むしろノリノリだったのが印象的なシーンでした。

 

四国ツアー:その24

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月22日(日)18時56分54秒
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  凸竹田城(兵庫県朝来市)

四国の城巡りを終え、竹田城にやって来ました。ここは3度目ですが今回はスタンプを押しに。3度目なので今回は雲海に浮かんだ竹田城の姿を対岸の山上から撮影してやろうと思い、立雲峡までやって来ました。ところが、立雲峡そのものが完全に雲に飲み込まれてしまって何も見えない有様。対岸からの撮影は諦めて竹田城に向かったのですが、思いがけず良い写真が撮れました。

まだ雪が残っているんじゃなかろうかと、思っていたらその通りでした。「雪が積もる天空の城」です。これはこれでなかなか良い風景です。
 

四国ツアー:その23

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月19日(木)20時05分44秒
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  ●屋島(香川県高松市)

近くを通りかかったので車内から写真だけ撮ってきました。大河ドラマの便乗なのでしょう、そこら中に「平家の里」等と書かれた幟が立てかけられておりました。「屋島の戦い」が発生するのは平清盛死亡後なのですが、大河ドラマでこの屋島が登場することはあるのでしょうか。

屋島は日本書紀に記されている「屋嶋城(やしまのき)」でもあります。12年ほど前には石塁遺構が発見されております。
 

四国ツアー:その22

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月17日(火)21時06分7秒
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  ●大歩危小歩危(徳島県三好市、高知県長岡郡大豊町)

景勝地として有名な大歩危小歩危です。とは言うものの、実をいうと私はその名を知っているだけで日本の何処にあるかも知りませんでした。たまたま走っていたら標識が目に入って「ここがそうなんだ、ちょっと寄っていこう」ということでしばし観光を楽しむことに。

晴れていればきっと素晴らしい景観なんでしょうね。雨天だとこんな感じです。
 

四国ツアー:その21

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月16日(月)22時09分49秒
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  ●野良時計(高知県安芸市)

安芸城城下町を散策していると近くに「野良時計」というものがあることに気付きました。「野良時計」というネーミングの珍しさから雨の中探し当てたのがこれ。民家の屋根が時計台になっております。

説明板を読むと次のようなことが書かれております。この地の地主、畠中源馬は時計に興味を持ち米国から取り寄せた。それを何度も分解しては組み立てているうちに自分でも製作したくなってきてとうとう完成させてしまったのがこの野良時計だそうな。時に明治20年頃。パーツ類は全て手作りにも関わらず今でも正確な時間を刻んでいるとのこと。
 

四国ツアー:その20

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月15日(日)21時37分12秒
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  ●桂浜(高知県高知市)

浦戸城のすぐ近くにある桂浜、高知県を代表する名所でもあるので雨の中、傘を差しながら散策してみました。有名な坂本龍馬像もあります。

このあと昼食に名物、鰹のタタキを食したのですが、これが美味いのなんの。普段食っているものとはまるで別物のように感じられたほどです。もしこれが旬の時期だったらどれほど美味かっただろうかと思いを巡らせてしまいました。
 

四国ツアー:その19

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月14日(土)20時45分8秒
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  ●宇和島市立歴史資料館(愛媛県宇和島市)

樺崎砲台のすぐ隣りにあるのがこの宇和島市立歴史資料館です。なかなか洒落た建物だと思っていたら、元々は明治17年に建造された警察署だったとのこと。当時は随分ハイカラな警察署だったのでしょう。

その敷地内に無造作に置かれているのが帝國海軍酸素魚雷機関部です。なんでもこれは宇和島海軍航空隊における甲種飛行予科練習生のための実習教材だったそうな。屋根の下に収まっているので保存状態はいいです。
 

四国ツアー:その18

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月13日(金)19時02分16秒
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  ●岩崎弥太郎生家(高知県安芸市)

ご存知三菱財閥の創業者、岩崎弥太郎の生家です。安芸城の近くにあります。

我が三菱ミラージュ号とのツーショットを撮ってやろうと意気込んでいたのですが、とても車を乗り入れられるような場所ではなかったので泣く泣く断念。一昨年「龍馬伝」放映時には大盛況だったらしく、巨大な駐車場が整備されていたり、真新しいみやげ物屋などもありました。
 

四国ツアー:その17

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月10日(火)21時31分25秒
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  ●呉鎮守府第二十三突撃隊手結派遣隊跡(高知県香南市)

この基地は「震洋」の部隊でした。震洋とは陳腐なモーターボートに爆薬を搭載し敵艦に体当たりするという特攻兵器の一つです。昭和二十年八月十六日つまり終戦の翌日、この部隊に出撃命令が下り出撃の準備をしていたところ、漏れた燃料に引火し燃え移った震洋は瞬く間に爆発を繰り返し一瞬のうちに111名の将兵が散華しました。

この事件はテレビのドキュメンタリーを見て知っていたのですが、たまたま通りかかったので寄ってみました。その番組の中では生き残った隊員が出演していて「戦争は終わったというのに、出撃せよとはどういうことだ。馬鹿馬鹿しいので数人で命令を無視して出撃準備をせずにいたところ、震洋が大爆発し始めた」というようなことを証言していました。

写真下は港の様子ですが、コンクリート製のスロープが何本もあります。おそらくこれは震洋出撃用のスロープではなかろうかと思います。

 

四国ツアー:その16

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月 7日(土)22時01分21秒
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  凸安芸城(高知県安芸市)

計画では高知市近辺の中世山城を巡るはずだったのですが、雨天のため予定変更しお気軽に見学出来そうな安芸城にやって来ました。

安芸城は小高い独立丘に築かれた詰め城部とその山麓の曲輪に別れています。詰め城は中世城郭の雰囲気がプンプンしますが、山麓部は完全に近世城郭の風情です。

城下町も武家屋敷が残っていたりと、こちらも見応えがあります。

 

四国ツアー:その15

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月 5日(木)23時38分19秒
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  凸浦戸城(高知県高知市)

長宗我部元親の居城です。一時、山内一豊も居城にしていました。

残念ながら遺構の残存は乏しく、城らしい雰囲気もあまり感じられません。写真の通り石垣があるものの「随分変な場所にあるなあ」などと思っていたら、どうやらどこかから移築されたものらしいです。社が写っている場所は天守台跡。

かなり本格的な雨になってきたので城探索は早々に切り上げて、城域に建設されている「県立坂本龍馬記念館」を見学してきました。一昨年「龍馬伝」放映時にはおそらく賑わっていたことでしょう。
 

四国ツアー:その14

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月 3日(火)19時26分51秒
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  凸高知城(高知県高知市)

前回、高知城を訪問した6年前はちょうどNHK大河ドラマ「功名が辻」の放映中だったお陰で、それはそれは大盛況でした。現在はと言うとご覧の通りガラガラでした。雨天の朝っぱらというのもあるのですが・・・。
 

四国ツアー:その13

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 7月 2日(月)19時25分57秒
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  ずっと天気が良かった四国ツアーもこの日から雨が降り出しました。

●須崎砲台(高知県須崎市)

幕末の土佐藩が構築した海防砲台です。こちらも石垣が残っております。

土佐藩は土佐勤王党はともかく藩としては積極的な攘夷のイメージは薄いのですが、こんなしっかりした砲台を築いているんですね。直接太平洋に面した土地柄だけ合って、直に外国からの脅威を感じ取っていたのでしょう。

 

四国ツアー:その12

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月30日(土)22時38分0秒
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  凸河後森城(愛媛県北宇和郡松野町)

訪問予定にはなかった河後森城ですが、近くを通りかかったので寄ってみました。夕暮れが迫っていたので急ぎ足での見学となってしまいました。

ご覧の通り中世の山城です。馬蹄形の尾根にいくつもの曲輪が築かれております。上総の細尾根城郭に似ていますが、こちらの方が曲輪面積は大きく細尾根という訳ではありません。
 

四国ツアー:その11

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月29日(金)23時46分57秒
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  ●樺崎砲台(愛媛県宇和島市)

幕末宇和島藩の海防砲台です。砲台手前の空堀の様な部分はかつて海だったそうで、海に突き出した砲台だったことが判ります。驚いたことに昭和50年頃まで海だったそうな。

下部の石垣は現存部分でその上の胸墻、砲眼部分は復元ぽいです。レプリカの大砲は三十六ポンドカノン砲だそうですが、砲座は残念です。これでは仰角はとれても左右には振れません。
 

四国ツアー:その10

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月28日(木)20時38分0秒
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  凸宇和島城(愛媛県宇和島市)

築城名人、藤堂高虎による縄張りで、公儀の隠密をも騙した五角形の塁線を持っています。

 

四国ツアー:その9

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月27日(水)23時01分59秒
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  凸大洲城(愛媛県大洲市)

複合連結式の天守が美しい大洲城です。天守は復元ですが、付属している高欄櫓と台所櫓は現存ものです。

 

四国ツアー:その8

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月26日(火)23時05分26秒
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  凸湯築城(愛媛県松山市)

道後温泉のすぐお隣にある湯築城です。なんだか久し振りに土で出来た城を見たような気がします。前回はすでに閉館して見学出来なかった武家屋敷等も今回はじっくり観て参りました。

 

四国ツアー:その7

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月25日(月)22時32分56秒
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  凸松山城(愛媛県松山市)

現存の建物が沢山残る松山城は何度来てもいいですね。前回訪問時はちょうど天守の修復中でブルーシートがかかっていて残念な姿でしたが、今回はそんな無粋なものはなく本来の美しい姿を拝むことが出来ました。
 

四国ツアー:その6

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月24日(日)19時48分10秒
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  凸今治城(愛媛県今治市)

前回の訪問時は黒御門復元工事の真っ最中でしたが、さすがにこちらは完成しておりました。
 

四国ツアー:その5

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月23日(土)21時34分19秒
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  凸川之江城(愛媛県四国中央市)

予定にはなかったのですが、近くを通りかかったので寄ってみました。すでに閉館時間を過ぎていたので、模擬天守内へは入れませんでした。立派な模擬天守、櫓、門等が建てられておりますが、旧状を正確に復元しているものではないとのこと。

 

四国ツアー:その4

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月22日(金)19時03分53秒
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  凸丸亀城(香川県丸亀市)

何度来ても石垣が美しい丸亀城です。

前回訪問した際はなかったのですが、「丸亀城バサラ京極隊」なるものが結成されているそうです。私が到着した時はすでにイベントは終わっていました。ちょっと見てみたかった気もします。

丸亀城バサラ京極隊はこちら
http://www.kyogokutai.com/

さて話は変わりますが、香川県と言えばうどんです。今回、香川県内に滞在した時間は半日にも満たないのですが、うどんは二回も食ってしまいました。やはり本場の讃岐うどんは美味いです。うどん屋の多さも半端ではなく幹線道路沿いならおそらく100mおきに一軒くらいあった気がします。間違いなくコンビニよりも多いです。しかも安いときたものだからうどん好きにはたまりませんな。
 

四国ツアー:その3

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月21日(木)20時09分9秒
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  凸高松城(香川県高松市)

前回来たのは2006年でその時、本丸石垣の修復工事が始まったばかりで周辺の水堀が埋め立てられ始めていました。それから6年も経ったので工事はとっくに終わっているものと思っていたのですが、その考えは甘かった。ご覧の通り工事の真っ最中。しかも前回は本丸には入れたにもかかわらず今回は通せんぼ状態。工事看板には期間は3月16日までとあるので、現在ではもう終了しているものと思われます。

ちょっとがっかりでしたが、別の面白いものを見ることが出来ました。当城の水堀は海から水を引き込まれているので、鯛などの海水魚が泳いでいます。前回は全く見られなかったのですが、今回は10匹くらいの魚を見ることが出来ました。


 

四国ツアー:その2

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月21日(木)00時34分55秒
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  凸徳島城(徳島県徳島市)

よく晴れた朝っぱらにやって来ました。中国地方ツアーでは雨ばかりだったので、久し振りに爽快な城巡りとなりました。

 

四国ツアー:その1

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月19日(火)20時34分41秒
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  四国は以前、バイクで一回りしたことがありますが、今回、百名城のスタンプ押しのために再びやって来ました。

神戸淡路鳴門道を走って四国へ上陸し最初の目的地は「道の駅第九の里」。なぜ道の駅かというと、到着時は深夜だったのでここで車中泊するために。朝起きてみると道の駅内に変わった建物があるではありませんか。近づいて案内板を読んでみますと、なんとこれは板東俘虜収容所の兵舎だというではありませんか。

●板東俘虜収容所(徳島県鳴門市)

第一次世界大戦に参加した日本は極東に於ける独逸軍根拠地、中国の青島を攻略しました。その時の独逸軍捕虜が国内の捕虜収容所に連行されて、後に本邦初となるベートヴェンの第九が演奏されたというのは知っていたのですが、たまたま寝るために立ち寄った道の駅がまさにその地だったのでした。

板東俘虜収容所は道の駅からちょっと離れた場所にありまして、現在公園になっております。当時の建物等の残存はなく新たに兵舎風の東屋が建てられております。道の駅の兵舎は、民間に払い下げられたものが牛舎として利用されていたものが発見されてこの地に移転させたのだそうです。
 

日本語検定

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月16日(土)19時41分13秒
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  随分色々な資格・検定試験を受けて来ましたが、唯一「こりゃ落ちた」と思ったのがこれ日本語検定です。

当検定は1級から7級までありますが、日本語に少々自信のあるここの管理人は最上位である2級を選びました。(1級は2級もしくは準2級を取得していないと受験出来ない)

テキストと問題集を買い込んでさらさらと読んだところ、「楽勝だろう」と踏んでたったの二日間しか勉強しなかったのであります。いざ、試験を受けてみますとこれが難しいのなんの。正直、時間が足りなくて見返す余裕もない始末で「こりゃ60点くらいだな」と諦めていたのでありました。(合格点は80点以上)

ところがネットで合否を確認してみますとなんと合格! 点数は79.2点。80点未満なのにどういうこと?と訝しがってもう一度受験要項を読み返してみると、「合格は80点程度以上」とあるではないですか。0.8点分はおまけしてくれたようです。

そんな幸運もあってなんとか合格出来たのでありました。
 

中国地方ツアー:その15

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月14日(木)19時40分51秒
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  ●おまけ

浜田城から吉田郡山城へ向かう途中、あれよあれよという間にこんな雪になったので記念に一枚。場所は広島県安芸高田市(旧美土里町)の栗屋峠付近だと思います。

一応、雪用チェーンは持っていたのですが、装着した経験もなく面倒くさそうだったのでノーマルのままで走ってしまいました。(チェーン規制は出ていなかったし)

後で知ったのですが、広島県には結構スキー場が多いんですね。そんなことも知らず中国山地を走破してしまいました。

以上で中国地方ツアーはお終いです。
 

中国地方ツアー:その14

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月13日(水)23時22分58秒
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  凸津山城(岡山県津山市)

二度目の訪問ですが、今回はスタンプ押しに。当城は閉館時間が17:00で私が到着したのが16:30。そんな訳で切符売り場からスタンプが置いてある備中櫓まで猛ダッシュするはめに。スタンプは無事押せましたが、残念ながら城内をゆっくり見学することは出来ませんでした。

 

中国地方ツアー:その13

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月12日(火)19時10分35秒
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  凸吉田郡山城(広島県安芸高田市)

ご存知、毛利輝元の居城です。総石垣の近世城郭ばかり見てきたので、こういった土作りの山城はどうしても古臭く見えてしまいますね。石垣は全くない訳ではなくて、崩落しているか所々に残存しています。
 

中国地方ツアー:その12

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月11日(月)22時01分11秒
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  凸浜田城(島根県浜田市)

「ロケみつ」で稲垣早希嬢も来たことのある浜田城です。彼女はここで不気味な絵を描いたり、子供に「あんたバカァ!」と言い放ったりしておりました。残念ながらそのシーンをキャプチャすることは出来なかったので、こちらのサイトをご覧下さい。

「みんなが知ってる!桜 稲垣早希」
http://mienosakifan.mie1.net/e220060.html

ところで、この浜田城訪問にはちょっとトラブルが発生したのでありました。訪問前夜に浜田城近くの道の駅で車中泊し、07:00に浜田城に到着する予定だったのですが、06:00に起床し出発の準備をしつつ07:00近くになっても真っ暗! この日は1月23日だったのですが、この時間この地ではまだ陽が昇らないのです。じっと待っているのも馬鹿らしいのヘッドライトを点灯させて浜田城に向かうことに。到着しても陽は昇らず、そのうち明るくなるだろうと真っ暗な中、城内を散策。07:40頃になってようやく写真が撮れるくらい明るくなったのでした。経度の差を身に染みて感じた一件であったのでした。それにしても真っ暗な中、小学生が列をなして登校しているシーンはとても印象的でした。
 

中国地方ツアー:その11

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 9日(土)20時51分32秒
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  ●萩城下旧跡:その3

山県有朋誕生地。帝國陸軍の祖であり内閣総理大臣等を歴任した明治の元勲の一人ですが、萩藩時代は中間の身分でした。家屋は残されていません。

菊ヶ浜台場(女台場)。一通り萩城下見物を終えてカーナビを操作していたところ、その画面上に「女台場」という文字を発見。「ここは攘夷の本場。ならばどえらい砲台跡があるはず!」と思い、すっかり陽が落ちた夕暮れ時、ようやく探し当てました。
どう見てもこれは砲台ではなくてただの土塁。喰い違い虎口が一箇所あり、土塁の規模はかなり大きいです。でも大砲を配備するような施設ではありません。「攘夷の本場の砲台がこんなものとは」と呆れてその場を後にしたのでした。
帰宅してから調べたところ、次のようなことが判りました。文久三年、攘夷決行と称し長州藩は関門海峡を通過する欧米の船舶に砲撃を加えたところ大反撃を喰らい、攘夷どころではなくなったという事件がありますが、その直後、藩は欧米からの報復を怖れて急遽萩城防備の為にこの土塁を構築させたものだそうです。武士の妻や奥女中まで動員したので別名を女台場と称すそうな。
そんな訳でこれは台場と言うより防塁の一種と言えましょう。

 

中国地方ツアー:その10

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 7日(木)22時57分39秒
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  萩市といえば誰もが知っている明治維新の立役者を何人も輩出していますが、地元で最も英雄視されているのが吉田松陰です。そんな彼の関連旧跡三題をご紹介します。

「吉田松陰誕生地」は城下から離れた山腹にあります。伊藤博文旧宅に近いです。残念ながら建物は残されておりません。

「松下村塾」は小さいと聞いていましたが、本当に小さいです。「ただの小屋じゃん」などと思いながら案内板を読んでみますと、元々小屋だったものを塾に改造したのだそうな。これも意外なのですが、松蔭がここで教育したのはたったの1年間だったそうです。そんな短期間で何人もの英傑をここで生み出したというのは驚きです。

「吉田松陰幽囚ノ旧宅」は「松下村塾」のすぐ隣りにあります。松蔭が密航を企てて投獄された後、幽閉処分になったのがこの家屋です。写真左側の手前に張り出した部屋がそれです。

 

中国地方ツアー:その9

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 6日(水)22時49分30秒
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  ●萩城下の旧跡:その1

木戸孝允旧宅、高杉晋作旧宅、伊藤博文旧宅です。

木戸旧宅と高杉旧宅はなかり近い位置にあって萩城からの距離から察すると両者の身分がほぼ同等であった判りますが、伊藤旧宅は城下とすら言えない離れた場所にあります。伊藤家は足軽の身分だったのでそんなことになっているのでしょう。現地に赴くとそんなことを肌で感じることが出来ます。

高杉旧宅は外人さんの若い男女が見学していました。有名なアニメにでも登場するんでしょうかね。
 

中国地方ツアー:その8

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 5日(火)19時00分33秒
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  凸萩城(山口県萩市)

倒幕勢力の雄、長州藩の本城です。地図を見て頂ければ判りますが、実に見事な選地です。ただ海城でもあるので海からの攻撃には一溜まりもありません。文久3年(1863)に藩庁を山口市に移しているのはその辺の事情があったのでは、などと想像しています。

ご覧の通り、かなりの本降りでこちらも傘と長靴装備で見学しました。予定では詰めの丸の指月山も登るつもりだったのですが、この雨では無理と断念しました。

 

中国地方ツアー:その7

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 4日(月)19時05分52秒
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  ●津和野城下遺跡(島根県鹿足郡津和野町)

津和野城は険しい山上にあり建物の残存は皆無ですが、藩庁はその麓に置かれており、その建物はありがたいことに二棟残されております。

写真上は馬場先櫓で、津和野藩邸表門左方の角地に配された隅櫓です。注意していないとただの古い民家にしか見えないので通り過ぎてしまいそうです。

写真下は御物見櫓で、藩主が祭礼等の催し物を見物する際に使用した櫓。別の場所にあったものをここに移築したものだそうです。最初に見た時は倉庫かと思っていました。

 

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