teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成


四国ツアー:その10

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月28日(木)20時38分0秒
返信・引用
  凸宇和島城(愛媛県宇和島市)

築城名人、藤堂高虎による縄張りで、公儀の隠密をも騙した五角形の塁線を持っています。

 
 

四国ツアー:その9

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月27日(水)23時01分59秒
返信・引用
  凸大洲城(愛媛県大洲市)

複合連結式の天守が美しい大洲城です。天守は復元ですが、付属している高欄櫓と台所櫓は現存ものです。

 

四国ツアー:その8

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月26日(火)23時05分26秒
返信・引用
  凸湯築城(愛媛県松山市)

道後温泉のすぐお隣にある湯築城です。なんだか久し振りに土で出来た城を見たような気がします。前回はすでに閉館して見学出来なかった武家屋敷等も今回はじっくり観て参りました。

 

四国ツアー:その7

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月25日(月)22時32分56秒
返信・引用
  凸松山城(愛媛県松山市)

現存の建物が沢山残る松山城は何度来てもいいですね。前回訪問時はちょうど天守の修復中でブルーシートがかかっていて残念な姿でしたが、今回はそんな無粋なものはなく本来の美しい姿を拝むことが出来ました。
 

四国ツアー:その6

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月24日(日)19時48分10秒
返信・引用
  凸今治城(愛媛県今治市)

前回の訪問時は黒御門復元工事の真っ最中でしたが、さすがにこちらは完成しておりました。
 

四国ツアー:その5

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月23日(土)21時34分19秒
返信・引用
  凸川之江城(愛媛県四国中央市)

予定にはなかったのですが、近くを通りかかったので寄ってみました。すでに閉館時間を過ぎていたので、模擬天守内へは入れませんでした。立派な模擬天守、櫓、門等が建てられておりますが、旧状を正確に復元しているものではないとのこと。

 

四国ツアー:その4

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月22日(金)19時03分53秒
返信・引用
  凸丸亀城(香川県丸亀市)

何度来ても石垣が美しい丸亀城です。

前回訪問した際はなかったのですが、「丸亀城バサラ京極隊」なるものが結成されているそうです。私が到着した時はすでにイベントは終わっていました。ちょっと見てみたかった気もします。

丸亀城バサラ京極隊はこちら
http://www.kyogokutai.com/

さて話は変わりますが、香川県と言えばうどんです。今回、香川県内に滞在した時間は半日にも満たないのですが、うどんは二回も食ってしまいました。やはり本場の讃岐うどんは美味いです。うどん屋の多さも半端ではなく幹線道路沿いならおそらく100mおきに一軒くらいあった気がします。間違いなくコンビニよりも多いです。しかも安いときたものだからうどん好きにはたまりませんな。
 

四国ツアー:その3

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月21日(木)20時09分9秒
返信・引用
  凸高松城(香川県高松市)

前回来たのは2006年でその時、本丸石垣の修復工事が始まったばかりで周辺の水堀が埋め立てられ始めていました。それから6年も経ったので工事はとっくに終わっているものと思っていたのですが、その考えは甘かった。ご覧の通り工事の真っ最中。しかも前回は本丸には入れたにもかかわらず今回は通せんぼ状態。工事看板には期間は3月16日までとあるので、現在ではもう終了しているものと思われます。

ちょっとがっかりでしたが、別の面白いものを見ることが出来ました。当城の水堀は海から水を引き込まれているので、鯛などの海水魚が泳いでいます。前回は全く見られなかったのですが、今回は10匹くらいの魚を見ることが出来ました。


 

四国ツアー:その2

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月21日(木)00時34分55秒
返信・引用
  凸徳島城(徳島県徳島市)

よく晴れた朝っぱらにやって来ました。中国地方ツアーでは雨ばかりだったので、久し振りに爽快な城巡りとなりました。

 

四国ツアー:その1

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月19日(火)20時34分41秒
返信・引用
  四国は以前、バイクで一回りしたことがありますが、今回、百名城のスタンプ押しのために再びやって来ました。

神戸淡路鳴門道を走って四国へ上陸し最初の目的地は「道の駅第九の里」。なぜ道の駅かというと、到着時は深夜だったのでここで車中泊するために。朝起きてみると道の駅内に変わった建物があるではありませんか。近づいて案内板を読んでみますと、なんとこれは板東俘虜収容所の兵舎だというではありませんか。

●板東俘虜収容所(徳島県鳴門市)

第一次世界大戦に参加した日本は極東に於ける独逸軍根拠地、中国の青島を攻略しました。その時の独逸軍捕虜が国内の捕虜収容所に連行されて、後に本邦初となるベートヴェンの第九が演奏されたというのは知っていたのですが、たまたま寝るために立ち寄った道の駅がまさにその地だったのでした。

板東俘虜収容所は道の駅からちょっと離れた場所にありまして、現在公園になっております。当時の建物等の残存はなく新たに兵舎風の東屋が建てられております。道の駅の兵舎は、民間に払い下げられたものが牛舎として利用されていたものが発見されてこの地に移転させたのだそうです。
 

日本語検定

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月16日(土)19時41分13秒
返信・引用
  随分色々な資格・検定試験を受けて来ましたが、唯一「こりゃ落ちた」と思ったのがこれ日本語検定です。

当検定は1級から7級までありますが、日本語に少々自信のあるここの管理人は最上位である2級を選びました。(1級は2級もしくは準2級を取得していないと受験出来ない)

テキストと問題集を買い込んでさらさらと読んだところ、「楽勝だろう」と踏んでたったの二日間しか勉強しなかったのであります。いざ、試験を受けてみますとこれが難しいのなんの。正直、時間が足りなくて見返す余裕もない始末で「こりゃ60点くらいだな」と諦めていたのでありました。(合格点は80点以上)

ところがネットで合否を確認してみますとなんと合格! 点数は79.2点。80点未満なのにどういうこと?と訝しがってもう一度受験要項を読み返してみると、「合格は80点程度以上」とあるではないですか。0.8点分はおまけしてくれたようです。

そんな幸運もあってなんとか合格出来たのでありました。
 

中国地方ツアー:その15

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月14日(木)19時40分51秒
返信・引用
  ●おまけ

浜田城から吉田郡山城へ向かう途中、あれよあれよという間にこんな雪になったので記念に一枚。場所は広島県安芸高田市(旧美土里町)の栗屋峠付近だと思います。

一応、雪用チェーンは持っていたのですが、装着した経験もなく面倒くさそうだったのでノーマルのままで走ってしまいました。(チェーン規制は出ていなかったし)

後で知ったのですが、広島県には結構スキー場が多いんですね。そんなことも知らず中国山地を走破してしまいました。

以上で中国地方ツアーはお終いです。
 

中国地方ツアー:その14

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月13日(水)23時22分58秒
返信・引用
  凸津山城(岡山県津山市)

二度目の訪問ですが、今回はスタンプ押しに。当城は閉館時間が17:00で私が到着したのが16:30。そんな訳で切符売り場からスタンプが置いてある備中櫓まで猛ダッシュするはめに。スタンプは無事押せましたが、残念ながら城内をゆっくり見学することは出来ませんでした。

 

中国地方ツアー:その13

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月12日(火)19時10分35秒
返信・引用
  凸吉田郡山城(広島県安芸高田市)

ご存知、毛利輝元の居城です。総石垣の近世城郭ばかり見てきたので、こういった土作りの山城はどうしても古臭く見えてしまいますね。石垣は全くない訳ではなくて、崩落しているか所々に残存しています。
 

中国地方ツアー:その12

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月11日(月)22時01分11秒
返信・引用
  凸浜田城(島根県浜田市)

「ロケみつ」で稲垣早希嬢も来たことのある浜田城です。彼女はここで不気味な絵を描いたり、子供に「あんたバカァ!」と言い放ったりしておりました。残念ながらそのシーンをキャプチャすることは出来なかったので、こちらのサイトをご覧下さい。

「みんなが知ってる!桜 稲垣早希」
http://mienosakifan.mie1.net/e220060.html

ところで、この浜田城訪問にはちょっとトラブルが発生したのでありました。訪問前夜に浜田城近くの道の駅で車中泊し、07:00に浜田城に到着する予定だったのですが、06:00に起床し出発の準備をしつつ07:00近くになっても真っ暗! この日は1月23日だったのですが、この時間この地ではまだ陽が昇らないのです。じっと待っているのも馬鹿らしいのヘッドライトを点灯させて浜田城に向かうことに。到着しても陽は昇らず、そのうち明るくなるだろうと真っ暗な中、城内を散策。07:40頃になってようやく写真が撮れるくらい明るくなったのでした。経度の差を身に染みて感じた一件であったのでした。それにしても真っ暗な中、小学生が列をなして登校しているシーンはとても印象的でした。
 

中国地方ツアー:その11

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 9日(土)20時51分32秒
返信・引用
  ●萩城下旧跡:その3

山県有朋誕生地。帝國陸軍の祖であり内閣総理大臣等を歴任した明治の元勲の一人ですが、萩藩時代は中間の身分でした。家屋は残されていません。

菊ヶ浜台場(女台場)。一通り萩城下見物を終えてカーナビを操作していたところ、その画面上に「女台場」という文字を発見。「ここは攘夷の本場。ならばどえらい砲台跡があるはず!」と思い、すっかり陽が落ちた夕暮れ時、ようやく探し当てました。
どう見てもこれは砲台ではなくてただの土塁。喰い違い虎口が一箇所あり、土塁の規模はかなり大きいです。でも大砲を配備するような施設ではありません。「攘夷の本場の砲台がこんなものとは」と呆れてその場を後にしたのでした。
帰宅してから調べたところ、次のようなことが判りました。文久三年、攘夷決行と称し長州藩は関門海峡を通過する欧米の船舶に砲撃を加えたところ大反撃を喰らい、攘夷どころではなくなったという事件がありますが、その直後、藩は欧米からの報復を怖れて急遽萩城防備の為にこの土塁を構築させたものだそうです。武士の妻や奥女中まで動員したので別名を女台場と称すそうな。
そんな訳でこれは台場と言うより防塁の一種と言えましょう。

 

中国地方ツアー:その10

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 7日(木)22時57分39秒
返信・引用
  萩市といえば誰もが知っている明治維新の立役者を何人も輩出していますが、地元で最も英雄視されているのが吉田松陰です。そんな彼の関連旧跡三題をご紹介します。

「吉田松陰誕生地」は城下から離れた山腹にあります。伊藤博文旧宅に近いです。残念ながら建物は残されておりません。

「松下村塾」は小さいと聞いていましたが、本当に小さいです。「ただの小屋じゃん」などと思いながら案内板を読んでみますと、元々小屋だったものを塾に改造したのだそうな。これも意外なのですが、松蔭がここで教育したのはたったの1年間だったそうです。そんな短期間で何人もの英傑をここで生み出したというのは驚きです。

「吉田松陰幽囚ノ旧宅」は「松下村塾」のすぐ隣りにあります。松蔭が密航を企てて投獄された後、幽閉処分になったのがこの家屋です。写真左側の手前に張り出した部屋がそれです。

 

中国地方ツアー:その9

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 6日(水)22時49分30秒
返信・引用
  ●萩城下の旧跡:その1

木戸孝允旧宅、高杉晋作旧宅、伊藤博文旧宅です。

木戸旧宅と高杉旧宅はなかり近い位置にあって萩城からの距離から察すると両者の身分がほぼ同等であった判りますが、伊藤旧宅は城下とすら言えない離れた場所にあります。伊藤家は足軽の身分だったのでそんなことになっているのでしょう。現地に赴くとそんなことを肌で感じることが出来ます。

高杉旧宅は外人さんの若い男女が見学していました。有名なアニメにでも登場するんでしょうかね。
 

中国地方ツアー:その8

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 5日(火)19時00分33秒
返信・引用
  凸萩城(山口県萩市)

倒幕勢力の雄、長州藩の本城です。地図を見て頂ければ判りますが、実に見事な選地です。ただ海城でもあるので海からの攻撃には一溜まりもありません。文久3年(1863)に藩庁を山口市に移しているのはその辺の事情があったのでは、などと想像しています。

ご覧の通り、かなりの本降りでこちらも傘と長靴装備で見学しました。予定では詰めの丸の指月山も登るつもりだったのですが、この雨では無理と断念しました。

 

中国地方ツアー:その7

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 4日(月)19時05分52秒
返信・引用
  ●津和野城下遺跡(島根県鹿足郡津和野町)

津和野城は険しい山上にあり建物の残存は皆無ですが、藩庁はその麓に置かれており、その建物はありがたいことに二棟残されております。

写真上は馬場先櫓で、津和野藩邸表門左方の角地に配された隅櫓です。注意していないとただの古い民家にしか見えないので通り過ぎてしまいそうです。

写真下は御物見櫓で、藩主が祭礼等の催し物を見物する際に使用した櫓。別の場所にあったものをここに移築したものだそうです。最初に見た時は倉庫かと思っていました。

 

中国地方ツアー:その6

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 3日(日)19時01分28秒
返信・引用
  凸津和野城城(島根県鹿足郡津和野町)

山陰の小京都こと津和野にある山城です。あいにくの雨の中、長靴履いて傘を差してリフトで登りました。

遺構は素晴らしいです。山上総石垣の城なので竹田城(兵庫県朝来市)などとよく似た雰囲気です。出来れば晴れた日に来たかった。リフトのおじさんに「見事な城ですね。シビレました」と話しかけたところ、「また天気の良い日に来て下さい」などと言われました。確かにそうしたいのはやまやまですが、こんな遠方にまた来ることがあるのだろうか・・・。
 

中国地方ツアー:その5

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 2日(土)19時54分38秒
返信・引用
  凸岩国城(山口県岩国市)

吉川広家が築いた山城です。山上へは徒歩でも登れるそうですが、大変そうなのでロープウェイを利用しました。天守は復興もので本来の位置とはちょっと離れた場所に建造されています。かなり変わった意匠の天守ですが、古い絵図を参照したものとか。

本丸背後には山城とは思えないほどの大規模な空堀がありますが、この辺は中世城郭の雰囲気を残しております。

岩国といえば錦帯橋ですね。そこから望む岩国城天守も撮って来ました。
 

中国地方ツアー:その4

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 6月 1日(金)19時07分47秒
返信・引用
  凸広島城(広島県広島市)

広島城というとここの管理人は福島正則が大幅減封の憂き目に遭った城のイメージが強いです。

日清戦争の折りは本丸に大本営が置かれており、現在はその土台のみ残されております。
 

中国地方ツアー:その3

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 5月29日(火)20時55分14秒
返信・引用
  凸福山城(広島県福山市)

こちらは初めての登城です。本格的な雨天での見学になってしまいました。天守閣は復元ですが、筋鉄御門と伏見櫓は現存です。

 

中国地方ツアー:その2

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 5月28日(月)20時13分45秒
返信・引用
  だいぶ間が空いてしまいましたが、続けます。

凸岡山城(岡山県岡山市)

こちらも二度目でスタンプ押しにやって来ました。生憎の雨です。

当城には銃眼が綺麗に残っております。名古屋城や大阪城にもよく似たものがありますが、下の石の部分だけが残っており上の漆喰部分は失われております。銃眼の本来の姿がよく判る遺構です。
 

中国地方ツアー:その1

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 2月23日(木)22時04分52秒
返信・引用
  凸赤穂城(兵庫県赤穂市)

初っ端から中国地方ではありませんがご容赦を。

忠臣蔵で有名な赤穂城です。3度目の訪問ですが、今回はスタンプを押しにやって来ました。前回の訪問よりも随分と整備が進んでいまして、民家が立ち退いていたり、土塁や石垣が復元されていました。真っ先にコンクリ製天守を建造するよりは、こういったやり方の方が好感が持てます。

 

近畿・東海ツアー:その11

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 2月 2日(木)18時49分49秒
返信・引用
  近畿・東海ツアー:その11

●富士山二題

今回のツアーはこれで最後です。

旅の途中、富士山の美しい写真が撮れましたのでご覧下さい。12月だったのでまだ雪は少ないですね。もっと近づいても見たのですが、雲が富士山に絡み付くように流れて行く様子はちょっと不気味でもありました。
 

近畿・東海ツアー:その10

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 2月 1日(水)22時21分6秒
返信・引用
  ●大井川鉄道 新金谷駅(静岡県島田市)

諏訪原城に行った際、大井川鉄道が近くにあることを思い出し新金谷駅までSLを見に行くことにしました。残念ながら運行中のものは無理でしたが、停車中の3両を拝むことが出来ました。

写真上は退役したC11です。このターンテーブルはちゃんと動作するそうです。

写真下は現役のC11とC10です。C11の方は発車に向けて準備中で盛んに煙を吐いたりシューシューと音をたてていました。ご覧の通り、手前に壁やら薪やらがあって残念ながら全体を見渡すことは出来ません。

 

追記:近畿・東海ツアー:その9

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 1月30日(月)20時19分50秒
返信・引用
  前記事の史跡名が抜けていました。

●北山一揆史跡(三重県南牟婁郡紀宝町)

です。
 

近畿・東海ツアー:その9

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 1月29日(日)18時34分12秒
返信・引用
  こちらもたまたま通りかかった史跡です。ここの管理人は北山一揆そのものを知りませんでした。北山一揆がどのようなものかは、現地案内板の内容をほぼそのまま転載して紹介させて戴きます。

「慶長19年12月27日、この川を挟んで対岸に新宮城主浅野軍が、こちらの岸辺に一揆方が布陣して戦った。一揆方は12月12日に新宮城を攻め落とすため、鮒田(紀宝町)まで押し寄せたが、浅野軍のため敗走し、ここ大沼に背水の陣を布き抵抗した。しかし、熊沢兵庫らに破れ四散した。この一揆参加者のうち363人が処刑された。一揆の原因については諸説あるが、新宮城主浅野氏の検地で年貢制が改悪されたことが主たるものである」

ということです。この綺麗なエメラルドグリーンの川を挟んで戦闘が行われたということです。こんな狭苦しい渓谷でそんな合戦があったというのは意外な感じがします。

 

近畿・東海ツアー:その8

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 1月28日(土)22時35分57秒
返信・引用
  ●丸山千枚田(三重県熊野市)

たまたま通りかかったので見学。ただの棚田なんて珍しくもない、と思っていたのですが、なかなかどうして。これほどの大規模なものはそう多くはないでしょう。

「日本の棚田百選」にも選ばれ結構有名なのだそうです。日本人のコメにかける執念のようなものを感じました。

 

近畿・東海ツアー:その7

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 1月27日(金)21時56分24秒
返信・引用
  ●熊野那智大社(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)

今回のツアーでの城巡りは前回でお終いでして、これからはその他に立ち寄った場所をご紹介します。

世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部、熊野那智大社です。子供の頃、日本一の落差がある那智滝に憧れていた頃がありましたが、とうとう来てしまいました。

実物はさすがに大迫力です。というか神々しい雰囲気で一杯です。現代人でもそう感じるのですから、古代人なら尚更でしょう。那智滝は飛瀧神社(那智大社の別宮)のご神体でもあります。

 

近畿・東海ツアー:その6

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 1月16日(月)18時32分28秒
返信・引用
  凸駿府城(静岡県静岡市)

こちらもスタンプ押しに二度目の訪問です。前回は時間切れで復元された東御門巽櫓に入れなかったので、今回は早めに行って見学してきました。

東御門巽櫓内部は展示室になっているのですが、そこにあった張り紙が気に入ってカメラに収めてしまいました(写真下)。「城は縄張りが命」。ごもっともでございます。

駿府城といえば家康の隠居城というイメージが強いのですが、よく考えてみるとこの城は元々今川氏館だったので、家康は幼少時ここに人質として養われていたんですな。なぜ家康は人質という辛い想い出のあるこの城をわざわざ隠居城にしようとしたのでしょう。

 

近畿・東海ツアー:その5

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 1月11日(水)19時15分33秒
返信・引用
  凸諏訪原城(静岡県島田市)

8年ぶりの訪城であります。以前訪問した時は2,3曲輪内が茶畑になっていて見学しにくかったのですが、今ではその茶畑は廃されて綺麗に遺構が見渡せます。一部、立木の伐採も実施されています。

いくつもの丸馬出はまさに圧巻であります。城に取り付こうとする敵兵がこの丸馬出からの猛烈な射撃によりバタバタと打ち倒れていく様子が想像出来ます。

 

近畿・東海ツアー:その4

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 1月 9日(月)22時56分16秒
返信・引用
  凸掛川城(静岡県掛川市)

当城は三度目ですが、今回はスタンプ押しに。NHKで「功名が辻」を放映していた時は随分賑やかでしたが、さすがに今は落ち着いておりました。

二の丸御殿でスタンプを借りていると若い男性が私の背後に立っているので何かと思っていたら、彼もスタンプを押しに来ていたのでした。スタンプラリーをやっていてもほとんと同好の士と出逢うことはないのですが(姫路城で一回きり)、ここ掛川城では珍しくそんなことがありました。

 

近畿・東海ツアー:その3

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 1月 8日(日)11時58分59秒
返信・引用
  凸佐味城(奈良県御所市)

「異形の城」といえばこれ、言われるほど有名な佐味城に行って来ました。本当に異形でした。

横堀、堀切、土橋等があるので城であるのは間違いないですが、その縄張りは築城通念からかなり逸脱しています。尾根に続く搦め手方面は厳重な2条の堀切や細い土橋で守られていますが、その通路を通って城内へ入ると何故か呆気なく主郭の土塁上へ登ってしまうお間抜けさ。やはり特筆すべきは方形に区画された無数の曲輪群(?)でしょう。まるで宅地造成のような雰囲気です。寺院跡ではないかとも言われているこの曲輪群、一体何なのでしょう?

この謎の遺構、表面観察だけではどうにもならないので、是非とも発掘調査をお願いしたいものです。

15:30頃に到着したのですが、城域は杉林となっていてこの時間でもかなり暗く写真もこんな感じになってしまいました。縄張りの異様さとこの薄暗さが相まって久し振りに不気味な城址に彷徨い混んでしまった感じがしました。

写真下は謎の石群です。所々にこのような石が集積されているような場所があります。石垣用にしては小さすぎるし、つぶて石用にしては投石陣地とは思えないような場所にあります。もしこの遺構が寺院跡だとしたら、石仏が破壊されたものではなかろうかと思ったりもしています。

 

近畿・東海ツアー:その2

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2012年 1月 1日(日)19時28分36秒
返信・引用
  凸赤木城(三重県熊野市)

築城名人、藤堂高虎の城です。高虎が手がけた城というと宇和島城・今治城・篠山城・津城・伊賀上野城などの近世城郭が思い浮かびますが、それ以前の天正年間に築城したのがこの赤木城です。天正17年と言われているので高虎33歳の時の作品です。

当城は小規模ながらほぼ総石垣造りといってよく、主郭角に張り出した横矢掛け、外枡形と内桝形を組み合わせた主郭虎口、何度も屈曲させた導入路などは近世城郭の萌芽を感じさせます。

また、その洗練された縄張りと相反するような荒っぽい野面積みがいいコントラストとなっております。

 

近畿・東海ツアー:その1

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月29日(木)20時47分45秒
返信・引用
  凸新宮城(和歌山県新宮市)

切り込みハギの石垣が美しい山城、新宮城です。打ち込みハギや野面積みもありますが、人目につく場所を重点的に切り込みハギを用いております。

「水ノ手」は山麓の熊野川に面する場所にあり、船着場兼倉庫群だったようです。発掘の結果、炭の粉が堆積しているのが確認され炭の倉庫であったことが判っております。当時、城主水野氏は新宮炭(備長炭)を専売しており、この水ノ手はその経済活動の拠点であったとのこと。このように城内において経済施設の発見は他に例がなく大変珍しいそうな。

 

メンタルヘルス・マネジメント検定

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月26日(月)19時26分47秒
返信・引用
  メンタル関係にも興味のあるここの管理人は、今回メンタルヘルス・マネジメント検定に挑んでみました。コースはI種からIII種までありますが、私が選択したのはセルフケアコースであるIII種です。最近はセルフケアの重要性を強く感じておりますゆえ。

さて当検定は国家資格ではなくて民間検定の一つで、何故か大阪商工会議所が主催しております。最近では企業内でメンタルヘルスが重要視されているそうで、そういった知識を得た人材も求められつつあるとか。受験者は若い女性が多かったですね。私が今まで受けてきた試験は男ばかりが常だったので今回はちょっと新鮮でした。合格証はご覧の通りピンクの花模様という心に優しいデザインとなっています。

 

フロントフォークブーツ交換

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月20日(火)19時11分54秒
返信・引用
  機動性の良さで何かと重宝しているオフロードバイクXLR200ですが、フロントフォークブーツがズタボロの退っ引きならない状態になっているので、交換してみました。

フロントフォークブーツとはフロントフォーク(インナーチューブ)を保護するためのビニール製筒です。こいつが破れかかっていたので同じ色の青ビニールテープを巻き付けて凌いでいたのですが、亀裂は無数に増えた上、とうとう切断してしまったのであります。こうなるともうビニールテープでどうにかなる段階ではありません。

純正品は高価なので汎用品を選んでみました。色も素材も違いますが、イメージチェンジにはいいでしょう。こいつを交換するには前輪とFフォーク等を外さないといけなくて大変な作業になりますが、脊椎板ヘルニアに気をつけながらなんとか交換を完了させました。

写真の通り、随分とイメージが変わりました。ウェットスーツと同じ素材なのだそうですが、耐久性はどうなんでしょうね。これを交換したところで性能が上がる訳ではありませんが、あたかも何かが向上したような感じがしてきます。


 

ダミー盗難防止装置(ミラージュ号用)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月19日(月)18時52分29秒
返信・引用
  15年車の我がミラージュ号を盗んだり車上荒らしをしようとする輩は少ないとは思いますが、備えあれば憂いなしということでダミーの盗難防止装置を製作し装着してみました。

ダミーなので警報を鳴らしたりとか、イモビライザー的な働きは全くしません。赤いLEDがただ点滅しているだけですが、これだけでも何らかの効果は得られるでしょう。

電源は車のバッテリーから取るのが最も簡単な方法ですが、バッテリー上がりを懸念してちょっと一工夫してみました。使わなくなったデジカメ用のバッテリーを内蔵させました。上写真の左上の黒い物体がそれです。エンジン停止状態でLEDが点滅し、エンジン稼働時には消灯させています。それだけではデジカメ用バッテリーはすぐに消耗してしまうので、エンジン始動から50分だけ充電するように仕込んであります。これによりフル充電出来れば5日間くらいは昼夜を問わず点滅しているはずです。

写真中はミラージュ号に装着した場面で、LEDはフロントガラス付近の目立つところに設置しました。夜ならばそれっぽく見えますが、果たして効果のほどは?

 

冬の信濃路:その5

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月18日(日)20時25分18秒
返信・引用
  凸松本城(松本市)

何度訪ねてもこの天守は美しいですなあ。

最近のニュースによると埋められている松本城外堀を復元しようと言う動きがあるそうです。立ち退きを余儀なくされる店舗等も当然出てくることになるので、一悶着起きているそうな。

これにて冬の信濃路報告は一巻の終わりであります。
 

冬の信濃路:その4

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月17日(土)22時23分26秒
返信・引用
  凸牧之島城(長野市)

こちらは初めての訪問でして、以前より来たいと思っていた城です。武田氏家臣、馬場信房が築城したもので、甲州流築城術の粋を尽くしております。三日月堀、丸馬出、直進枡形といった武田氏特有の築城術を思う存分堪能出来る見事な城郭と言えましょう。

写真上はその三日月堀ですが、今でも水堀になっております。
写真中はその三日月堀に守られている丸馬出で、空堀の先が主郭です。馬出と言うことで我が愛馬を写真に収めてみました。
写真下は直進枡形。こことは別にもう一箇所同様の枡形があります。直進と言っても躑躅ヶ崎館のような直進ではなくて、こちらの虎口は枡形の角に設けられています。

 

冬の信濃路:その3

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月13日(火)20時36分42秒
返信・引用
  凸松代城(長野市)

こちらも何度目かの訪問ということで、今回は「松代藩文武学校」「旧真田邸」「真田宝物館」にも立ち寄って来ました。

 

冬の信濃路:その2

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月11日(日)20時09分6秒
返信・引用
  凸上田城(上田市)

こちらは4回目の訪問。真田十勇士の幟が沢山が立っていまして、どうも上田市は今、真田十勇士で売り込みを図ろうとしているようです。

 

冬の信濃路:その1

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月10日(土)19時46分20秒
返信・引用 編集済
  スタンプを押しに今回は長野県へ行って来ました。久し振りにZZR号で一泊の遠征です。

凸小諸城(小諸市)
多分5回目の訪問。何度行っても代わり映えはしませんが、今回は空堀の紅葉が綺麗でした。C56は隣接する駐車場に展示されているものです。雪国らしく排雪板が取り付けられています。
 

古臭い写真

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月 2日(金)18時48分17秒
返信・引用
  面白いサイトを見つけたので、ちょいと利用してみました。写真をアップすると古臭い写真に加工しているという優れものです。その名も「幕末古写真ジェネレーター」。

コンクリ天守もご覧の通り。プラモも幕末テイストに。



http://labs.wanokoto.jp/olds

 

帝國陸軍騎兵第1旅団

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年12月 1日(木)20時01分47秒
返信・引用
  近々NHKで「坂の上の雲」が再開されますが、その主人公の一人、秋山好古が所属していた帝國陸軍騎兵第1旅団跡(千葉県習志野市)に行って来ました。

日露戦争時、秋山好古少将は騎兵第1旅団長として出征し、世界最強と謳われた露西亜コサック騎兵を類い希なる騎兵戦術を駆使して撃破し、のちに「日本騎兵の父」と称された軍人であります。その秋山好古が率いていた騎兵第1旅団は習志野市に配備されておりました。

てっきりその場所は現在陸上自衛隊第1空挺団が置かれている習志野駐屯地なのかと思っていたのですが、よく調べてみるとちょっとずれた位置でした。習志野市大久保の八幡公園あたりに旅団司令部があり、その煉瓦製門柱は今でも残っております。公園内には関連の石碑もあり、騎兵旅団らしく軍馬を弔う碑もあります。

旅団は騎兵第13連隊及び騎兵第14連隊で編成されますが、前者は現在東邦大学習志野キャンパス、後者は日本大学生産工学部津田沼キャンパスになっております。下の写真はその日大キャンパスで行われた危険物取扱者試験の際に撮影したものです。

 

エックス線作業主任者

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月21日(月)19時06分48秒
返信・引用
  放射能に怯えて生きていかなければならないこのご時世、放射線知識の習得を兼ねられる資格はないものかと探し当てたのがこれ。本当は「診療放射線技師」とか「放射線取扱主任者」を受験したかったのですが、いろいろとハードルが高いのでこれにしておきました。

エックス線作業というと所謂レントゲンのことなのですが、当資格は医療用のものは扱えません。工業用(被破壊検査など)に使用されるエックス線装置のみになります。

試験では「エックス線の生体に与える影響に関する知識」なども出題されるので、しっかり学習したのですが、放射線もちゃんとした知識を得れば闇雲に怖れる必要はないというのがよく判りました。あとよくテレビでは線量計を直接地べたにおいて「こんなに高い数値が出ています!」なんてやっていますが、これは間違った測り方なんですね。凄い数値が出て当然です。マスコミも線量計の使用法くらいは学んで、恐怖を煽るようなことはして欲しくないものです。

 

秋の東北巡り:その14

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2011年11月19日(土)22時27分5秒
返信・引用
  ●秋の八甲田山系(青森県青森市)

八甲田山系を走り抜けた際に、紅葉が綺麗だったので何枚か写真を撮ってきました。場所は酸ヶ湯温泉付近です。

紅葉は早すぎたのか遅かったのか判りませんが、今が見頃という訳ではありませんでした。湯気の上がっている池を発見! 帰って調べてみると「地獄池」といって名勝地だそうです。爆裂火口に温泉が溜まって池になっているとのこと。

 

レンタル掲示板
/29