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凸岩部城(香取市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年12月29日(月)18時36分3秒
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  こちらも久しぶりの訪問です。曲輪内に妙見神社があっていかにも千葉一族の城という感じがします。

単純な構造ではありますが、よく見ると虎口が微妙に相横矢になっています。
 
 

XLR号後輪タイヤ交換

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年12月28日(日)19時24分16秒
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  かなり使い込んだリアタイヤをようやく交換しました。寿命の短いオフロードタイヤでなんと32000kmも走破してしまいました。新しいタイヤは同じくIRC GP-22です。

ついでに、スポークの錆び除去、ドラムブレーキのオーバーホール、塗装等をやったので作業日数は三日間。お陰で全身筋肉痛です。

ブレーキシューは私がこのXLR号を購入してから一度も交換していないので、かなり損耗しているかと思っていたのですが、なんと新品と殆ど変わりありません。50000km以上走っていることになりますが、まだ十分使えるのには驚きです。
 

凸多古陣屋(千葉県香取郡多古町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月30日(日)16時54分32秒
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  久しぶりに多古町に行ったところ、多古陣屋の道路標識が新設されていたので、寄ってみました。いつの間にか多古町教育委員会によって立派な案内板も設置されています。(今年3月の日付有り) 遺構に関しては全く昔のままです。石垣はご覧の通り。

多古町は千田庄動乱や千葉宗家滅亡の地として歴史的に重要な土地柄なのですが、どういう訳か町内の城館については冷遇されているように見受けられます。今頃になって多古藩陣屋に観光的価値があると気付き始めたのかもしれません。

何はともあれ、北総では大変珍しい石垣のある城館ですので、興味のある方はご覧あれ。
 

凸小坂城(牛久市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月29日(土)23時06分8秒
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  整備が進んだ小坂城に行ってみました。10年以上前に初めて訪問したときは、単なる山林で駐車するにも苦労するような場所でしたが、今では綺麗に城址公園として整備されております。

実はこの時は古い城仲間とばったり遭遇しまして、予期せぬ再会にびっくりしあったのでありました。
 

凸須賀山城(千葉県香取郡東庄町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月23日(日)22時37分57秒
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  森山城に行ったついでにお隣の須賀川城にも寄ってみました。なんとこの城も草刈りが行われて綺麗になっていました。どちらかというと須賀山城の方がより綺麗になっている感じがします。森山城に比べる小振りですが、こちらもいい城です。
 

凸森山城(香取市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月22日(土)21時44分55秒
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  最近、地元の有志により草刈りが行われたと聞いて森山城に行って来ました。

草刈りが実施されたのは主郭虎口付近(上写真)と、馬出(中写真)の半分くらいです。これまで馬出は草ぼうぼうで中に入ることすら躊躇われるくらいでしたが、お陰で内部に進入できるようになりました。実際に入ってみるとこんなにもでかい馬出だったのかと驚かされます。馬出内に廃車が放置されているのは相変わらずです。(下写真)
 

凸黒羽城(大田原市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月16日(日)20時46分4秒
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  こちらも久しぶりの訪問です。夕暮れ迫っていたので、大急ぎで見て廻ったところ、本丸西側の切岸が崩落していました。(上写真) 東日本大震災の爪痕かと思ったのですが、そんなに古そうでもない。家に帰って調べてみると、やはり東日本大震災で大崩落していて、去年の春に修復完了していたそうです。(下記リンクが詳しいです) どうもその後、またその箇所が崩落したようです。(今年の夏の集中豪雨のせいかも)

http://gansonekodarake.blog104.fc2.com/blog-entry-106.html

城が機能していた時にも自然災害で城の一部が破壊されてしまうと言うことはよくあったのでしょうね。
 

凸金丸要害(大田原市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月15日(土)18時33分28秒
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  以前、城仲間が「金丸要害って凄いよ」と言っていたのを聞いていつか訪問してみたいと思っていました。実際凄い城でした。基本的には直線連郭式の山城で、広大な城域を持つ上に技巧的でもあります。何度も屈曲した塁線や巨大な横堀は見る者を圧倒します。土木工事量は半端でなく、大勢力を誇った領主の手によるものと思われます。

その名の通り、当城は金丸氏の居城だそうです。大規模城郭でなおかつ領主の居城となれば、自然とそれなりの城下集落が形成されるはずですが、金丸要害には何故かそれが見受けられません。短期間で使命を終えたか、あるいは居城ではなく別の目的をもった城郭だったのかもしれません。

ところで、当城のアクセスには林道を通らなくてはなりません。今回、我がオフロードバイクXLR200号はその性能をいかんなく発揮し、曲輪付近まで進入したのであります。四輪車なら小型四駆でないと無理で、もしミラージュ号で来ていたら途中で擱座していたに違いありません。
 

凸烏山城(那須烏山市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月 8日(土)19時07分19秒
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  約10年ぶりに烏山城に行って来ました。10年前と殆ど変わりありませんが、東日本大震災の影響で石垣の一部が崩落し、そのままになっています。近寄らないようにロープが張られておりました。

某サイトで「西城(曲輪名)こそ最大の見所」というようなことが書いてあったので、今回はそちらの方まで足を伸ばしてみました。ところが結構なヤブでしかも蒸し暑い! 堀底をささっと歩いただけで退散してしまいました。冬枯れの季節にもう一度行ってみたいです。
 

凸森田城(那須烏山市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月 7日(金)18時37分35秒
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  比高約60mの山城です。この城を紹介しているサイトをいくつか拝見すると主郭に東屋があったりと見学しやすい印象を持ったのですが、実際に行ってみると、結構なヤブ城でした。かつては整備されていたようですが、もう数年間放置してあるような雰囲気でした。ご覧の通り東屋もヤブの中。

じっくり観察すれば面白い城だと思いますが、大蛇に出くわしたりヤブが酷かったりで早々に引き上げてしまいました。
 

凸村上城(栃木県芳賀郡市貝町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月 6日(木)19時01分16秒
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  久しぶりに栃木県に行って来ました。村上城は比高約70mの山城です。県指定史跡ということもあって整備してあり見学し易いです。

現在梅林となっていている主郭は周囲をしっかりした土塁に囲まれていますが、内部の整地が不十分で緩やかに傾斜しています。このように曲輪面が傾斜しているケースというのは度々見かけますが、現代人から見ると甚だ暮らし難かったろうと想像します。従来、この手の傾斜した曲輪面というのは手抜き工事、あるいは急造によりそこまで手が回らなかったためと考えていたのですが、この村上城の主郭を見ているうちに、敢えて緩斜面にしているのではという思いが沸き上がって来ました。というのも、現代とは違い排水施設が未発達であった戦国時代において、大雨が降ればたちまち曲輪内は水浸しになり床上浸水も頻繁に起こったと思われます。もし、籠城時にそんなことが起ころうものなら敵に攻められる前に落城の憂き目に遭うことになりかねません。それを避けるために、敢えて曲輪面に傾斜をつけて排水対策をしていたのではないか。当城の主郭は前述の通り、全周を土塁囲みとなっていますが、最も低い場所は開口部である南端の虎口となっています。すなわち、大雨が降れば自然に虎口から排水するよう設計されているわけです。昨今の豪雨被害を見るにつれ、戦国の築城者たちも同様に苦労していたのではないでしょうか。
 

NS-1000MM

 投稿者:金投資  投稿日:2014年11月 3日(月)06時24分16秒
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  ヤフオクでビヒンと書いて出している人の中で、ビヒンではないのにビヒンと書くのは良くない。かなりの高額つけている人見かけますがせいぜい半額で落札が妥当じゃないかと。写真を良く見て吟味しないとね。ヤフオクの奥深さというか、ちょっとエスカレートしすぎな感じですね。そういえば、代行も良くはやっています。確かに近くの質屋にもっていっても二束三文ですから仕方ありません。  

月と国際宇宙ステーション:その2

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月31日(金)18時33分3秒
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  20枚の連続写真を合成してみました。ご覧の通り、月面を横切ることはありませんでした。  

月と国際宇宙ステーション

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月30日(木)18時02分15秒
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  国際宇宙ステーション(ISS)が月面を通過するという珍しい現象が起こるという情報を得て、その撮影に挑んでみました。予報では我が家からの観測で見事に横切るはずです。

その時間は17:08とのことでしたが、その時間になっても現れず。室内用メガネ(遠距離はピントが合わない)をかけていたので見逃したかと思ったのですが、その1分後何の前触れもなく現れました。「いよっ!ISS」 残念ながら月面を通過することはなく、月のちょっと下をすーっと流れて行きました。

コンパクトデジカメで10枚ほどの連続写真を撮り、その中で最も月に接近したのが下写真です。月の真下の小さな輝点がISSで、右上から左下へ通過しています。本当は2秒間くらい開放にして軌跡を撮影したかったのですが、事前に試したところ、まだ空が明るくいくら絞りを絞っても真っ白になってしまうので、連続撮影にしました。
 

凸金田城(つくば市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月29日(水)21時12分45秒
返信・引用
  今年8月に地元有志によって草刈りが行われたと聞いて、久しぶりに金田城に行ってみました。

もう夕暮れ時だったので、その草刈りがされた場所あたりだけ見てきました。草刈りが行われたのは主郭虎口付近でした。その他の場所は、前回訪問した時よりも薮化が激しく、夕暮れ時ではこれ以上進むのは困難でした。堀は孟宗竹の密林状態になっていてこれを刈り払うには重機でも投入しないとどうにもならないのではという按配です。真夏のクソ暑い時期に草刈りを実施した地元有志の方々には頭が下がる思いです。
 

Re: 未知の城、発見? 富田城(仮)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月29日(水)21時10分41秒
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  > No.1733[元記事へ]

通行人さん、こんばんは。

>後世に土塁に転用されたかもしれませんが、これは「富田1号墳」でしょう。

古墳でしたか。有益な情報、どうもありがとうございます。

 

Re: 未知の城、発見? 富田城(仮)

 投稿者:通行人  投稿日:2014年10月28日(火)22時18分49秒
返信・引用
  > No.1729[元記事へ]

> 小見川北小学校校庭内に長さ25m、高さ2mほどの一直線の土塁のようなものがありました。
 後世に土塁に転用されたかもしれませんが、これは「富田1号墳」でしょう。 「香取市 富田1号墳」で検索すると、いろいろ出てきます。
 

Ni-MH電池充電器の製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月28日(火)21時10分45秒
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  放電器の次は充電器です。これで650mA、830mA、1500mA、2400mA、4種類のニッケル水素電池を1セルまたは3セルで標準充電できます。標準充電というのはその電池容量の1/10の電流値で16時間かけて充電するものです。時間はかかりますが、その代わり電池の損耗を防げる優しい充電方法です。

回路はかつて秋月電子通商が販売していた「いたわりNiCd充電器・キット」
http://akizukidenshi.com/download/kairo/%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF/%E5%85%85%E9%9B%BB%E5%99%A8%E9%96%A2%E4%BF%82/H001%E3%81%84%E3%81%9F%E3%82%8F%E3%82%8ANiCd_.pdf
と、こちらのサイトを参考にしました。
http://www.geocities.jp/jun930/ele/itawari.html

大電流部(1500,2400mA)は当初、秋月と同様の回路にするつもりでしたが、何故か定電流にならないのでFETを用いてスイッチングするように変更しました。終止電圧になると自動で充電を終了しますが、終止電圧とは関係無しに充電を続ける強制充電モードも設けました。これは不活性化した電池に渇を入れるためのものです。
 

Ni-MH電池8本放電器の製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月27日(月)18時22分17秒
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  放電器は過去にも製作していますが、今回は一度に8本放電出来るものです。本当は8本ものニッケル水素電池を直列放電させるのはよい方法とは言えないのですが、一度に大量の電池を放電させる目的で作りました。

2SD2478を用いた定電流回路(約0.8A)で放電させます。終止電圧(8.0V)になると自動で終了するようになっています。ミソは機械式リレーを用いた自己保持回路でオンオフを行っていることです。これにより、放電終了後、何日間放置していても過放電を起こすことありません。しかも外部電源を使用していないので、とってもエコ。

2SD2478とセメント抵抗(4.7Ω)で電池のエネルギーを熱に変換(約9W)しているのでで結構熱くなります。今の季節はいいですが、真夏はタッパの筐体が持つかどうか・・・。
 

凸小見川城(香取市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月26日(日)18時05分17秒
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  富田城(仮)に行ったついでに久しぶりに小見川城に寄ってみました。主郭の土橋、堀、土塁はなかなかいいのですが、公園化されすぎているせいか評価が低いです。

当城と富田城(仮)との距離は直線でたったの1.6km。正木氏が富田に陣取っていたときは、小見川城はすでに落城していたかもしれません。「東國鬪戰見聞私記」では城主、粟飯原氏は栗林義長軍に討たれております。

 

未知の城、発見? 富田城(仮)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月25日(土)20時49分33秒
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  香取市富田に城があったという伝承を聞きつけて探しに行って来ました。場所は香取市立小見川北小学校の辺りらしい。

伝承というのは次のようなものです。富田に居住するある一族はかつてそこに城を構えその城主であった。時代は不明。なお、現在その一族は当地を売却し引っ越している。その一族の苗字、屋号は公表できませんが、いかにもそれっぽいものです。

『千葉県埋蔵文化財分布地図(2)』を見ても富田に城館は一つも記されていません。現地に赴き調べてみますと、案外簡単に城っぽいものが見つかりました。小見川北小学校校庭内に長さ25m、高さ2mほどの一直線の土塁のようなものがありました。未知の城、富田城の残痕か。果たしてこれが本当に城館遺構なのかどうかは不明です。残念ながらこれ以外は見つかりませんでした。

文献上、この地に関するものがあるかというと、実はあるのです。それは「大須賀薩摩丸宛千葉胤冨書状」というものです。こちらの下の方をご参照あれ。

http://www17.tok2.com/home/a6m2/gunki/06-2.html

そこには「房州衆富田臺江打上陣取候而近邊相散候」とあります。現代語訳すると「房州衆(正木氏)が富田台に打ち上げ陣取っている。近辺を荒らし回っている」と言ったところでしょうか。当該ページを記述した当時、私は富田は台地ではないので富田台という名称はおかしいと思っていたのですが、ひょっとすると台とは台地状の地勢のみならず、島状の地勢をも表現してしていたのではないかと考えています。最も下の地図をご覧あれ。これは迅速測図を加工したもので、河川、湿地、水田を水色に塗りつぶしてみました。×印が土塁のある場所です。富田は周囲を水に囲まれた細長い島状の地形だったことが判ります。前述文献の「富田臺江打上」とある部分、私は「富田の台地上に登って」と解釈してしましたが「(島状の)富田台に上陸して」と読むと合点がいきます。正木氏は海賊の頭目ですから、利根川を軍船で乗り付けて富田台に上陸しそこを占拠したと考えられます。

富田が正木氏に陣取られていたことはほぼ間違いなく、そこに城を構えていた可能性が出て来ました。

調べているうちに、もう一つ興味深いことが判ってきました。前述の書状は、千葉胤冨が寺山城在番していた大須賀薩摩丸に正木氏を追い払うため富田への出兵を命ずる内容です。寺山城というのがどこの城なのか不明ですが、千葉市の廿五里城という説が有力です。この廿五里城のある地名と富田城(仮)城主の末裔の屋号がピタリと符合するのです。これは私の想像ですが、富田城(仮)を奪還した千葉氏は正木氏の再襲来に備えるべくそこに兵を入れて守備させていたのではないか。そして城主として廿五里城関係者が送り込まれたのではないか。

いろいろ想像は尽きませんが、この件に関してはもうちょっと調べてみたいと思っています。
 

祝ノーベル物理学賞受賞。赤崎・天野・中村3教授。

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月 9日(木)00時32分49秒
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  お祝いに青色発光ダイオードを3本、点灯させてみた。
 

【失敗作】路側放送専用ラジオ

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月 5日(日)18時27分42秒
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  実はカーナビ用アンプ&スピーカーを製作する際、ついでに路側放送受信用ラジオを組み込もうと考えました。バイク用に路側ラジオが欲しいと思っていたのでこの機会に試験的に車用を製作してみようという魂胆です。

下はその回路図とブレッドボード上に組み込んだ路側ラジオ。路側放送(1620kHz)専用なので回路も単純です。ラジオIC(TA7642)を使用したストレート方式。通常のバリコンは使用せず、トリマコンデンサで同調させます。こいつをミラージュ号に搭載して外環道の路側放送がされているエリアの高架下まで出向いて聴いてみました。結果は大失敗。エンジンを切った状態ではちゃんと聞こえるのですが、エンジンをかけるとイグニッションノイズの嵐で放送の方は殆ど聞こえません。電源は車のACCから採っているのでそこからイグニッションノイズが侵入していると思われます。それとアンテナは室内のバーアンテナと30cmくらいの補助アンテナだけなのでこれも悪影響を与えているのでしょう。正式なカーラジオのアンテナが全て外部アンテナになっているのはそれなりの理由があるのですな。

若干の改良を加えて2度ほど高架下まで行きましたが、結局ノイズしか聞こえませんでした。
 

カーナビ用アクセサリー2題の製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月 4日(土)21時49分0秒
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  友人から立派なカーナビを譲って戴きました。その性能を引き出すべくアクセサリーを二つ製作してみました。

○DC-DCコンバータ
当該カーナビは5Vで動作します。付属品としてシガーソケット式のDC-DCコンバータが付いていましたが、以前使用してしたカーナビ用電源ケーブル(12V)を活用した方がスマート(シガーソケット式はちと野暮ったい)なので、12Vから5Vへ変換するDC-DCコンバータを新たに作ります。

スイッチングレギュレータ用IC、NJM2811を使用して変圧回路そのものは単純ですが、保護回路を設けたのでちょっと複雑になってしまいました。NJM2811が何かの拍子に破損した場合、12Vがそのまま出力されてしまう可能性があります。するとカーナビはあっという間に昇天してしまうことでしょう。それを防止するために、もし出力電圧が6Vを越えた場合、NJM2811への電流をカットして動作を止めてしまうよう設計しました。一度カットしたらそれを持続しないといけませんが、フォトカプラを用いてそれを実現しています。実はこの保護回路の設計の方が厄介で、何度も実験を繰り返してようやくまとものなものになりました。

○外部アンプ&スピーカー
当該カーナビはポータブル用なので内蔵スピーカーは貧弱です。少々聞こえにくいので、外部のアンプとスピーカーを製作しました。スピーカーは以前\100ショップで購入したもの、アンプはNJM386BDを用いたオーソドックスなものです。ゲインを上げすぎたせいか、イグニッションノイズとカーナビからのデジタルノイズも増幅されてしまいます。エンジンを切るとちょっと気になりますが、走行中はほどんど聞こえません。

写真はダッシュボード上に設置した様子。どちらも順調に動作しております。
 

凸鴇崎城(香取市鴇崎)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 9月 1日(月)19時00分8秒
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  旧佐原市内城郭でお気に入りだった鴇崎城がとうとう破壊され始めてしまいました。

鴇崎城は20年ほど前のバブル期に土砂採取が決定し一部(3,4曲輪)が湮滅するのは判っていましたが、ほんの少し削っただけでそのまま放置されていました。1年くらい前はまだ健在だったのですが、最近訪れたところ見るも無惨な姿に変容しておりました。(上写真)

内部には入れなかったので詳細は不明ですが、遠くから観測するに削られた部分は4曲輪の3/4くらいと3曲輪の1/3くらいでしょうか。最も技巧的で見応えのあった3曲輪は重機が乗り込んだ形跡が見られるので遺構は破壊され尽くしているかもしれません。

写真中の黄色線部分は3,4曲輪を隔てる堀だと思われます。随分緩い堀に見えますが、これは堀を斜めに削り取ったためでしょう。

いつの間にか、主郭入口には案内板が建てられていました。(写真下) 地元の有志によるものです。主郭は無事です。
 

旧常陸太田市立瑞龍小学校(常陸太田市瑞龍町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 8月31日(日)17時55分55秒
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  当校は2年前に廃校になりましたが、校庭に咲く桜(瑞桜)の美しさのお陰で観光名所になっているそうです。瑞龍とはいかにも帝國海軍の航空母艦にありそうなネーミングです。(海上自衛隊潜水艦「ずいりゅう」は実在する)

ロケ地として利用されているそうで、今回はAKB48の「昨日よりもっと好き」PVのアングルで撮影してきました。

そのPVはこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=AbmeQJ9yj3I

地面が掘り返されてブルーシートがかけられていますが、発掘調査が実施されているようです。この地は古代の遺跡でもあり、校庭からは石棺や埴輪等が出土しているそうな。
 

凸岩瀬山城(須賀川市愛宕山)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 8月25日(月)22時07分13秒
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  久しぶりに須賀川市に行って来ました。岩瀬山城は比高約30mの山上に築かれた山城で、現在は翠ヶ丘公園として整備されています。公園化されていると言うことであまり期待していなかったのですが、城館主要部はあまり手を加えられておらず思いの外いい城でした。写真上は主郭の角に構築された櫓台跡です。主郭虎口へ横矢がかかっているのがよく判ります。

この日はバイクで出掛けたのですが、酷い猛暑で道端の温度表示で37度を指しておりました。カーナビを使用していたところ、なんと暑さでダウンしてしまうトラブル発生! 僅かの時間動作しているカーナビの地図を頭に叩き込んで何とか目的地まで到達したのでありました。
 

●東明寺(川越市志多町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 8月24日(日)20時10分8秒
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  ここ東明寺付近は河越夜戦の激戦地であります。境内には案内板や石碑があります。周囲はすっかり住宅地になっており、遺構のようなものは見当たりません。

川越城は新河岸川にぐるりと囲まれたような地形に位置していますが、東明寺は川越城から北西約800mの新河岸川の湾曲部にあり、袋小路と言ってもいい場所です。川越城を包囲する足利・上杉連合軍は北条軍に奇襲を受け北方へ逃れようとしたはずです。ところが新河岸川に退路を塞がれて奇しくも敗走兵が集中したのがこの東明寺付近だったのでないでしょうか。

袋小路に追い詰められ戦意を喪失した兵に襲いかかる北条軍。夥しい戦死者が出たことは想像に難くありません。攻城勢が敢えて危険な背水の陣を構えていたというのは、相当舐めきっていたのでしょう。夜襲が成功した理由もこの辺から判って来そうです。
 

●砂久保陣場(川越市砂久保)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 8月23日(土)17時05分0秒
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  天文15年(1546年)河越夜戦の際、北条方の川越城を攻める上杉憲政はこの地に陣場を構えたとされています。(足利晴氏の陣との説もあり)

現在、稲荷神社となっていて陣城のような遺構は見受けられません。それでも市指定史跡なので案内板はあります。
 

凸松山城(埼玉県比企郡吉見町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 8月 1日(金)19時18分19秒
返信・引用
  埼玉県の名城、松山城に行って来ました。前回訪問したのはもう10年くらい前になります。

平成20年に当城は「比企城館跡群」の1城として国指定史跡になっております。国指定だからきっと綺麗に整備されているはず、と思いきや10年前と大して変わりありませんでした。(主郭の木が伐採されているくらい)

雄大で迷路のような空堀は健在でいかにも北条氏らしい風格があります。何度も戦闘を経験している城だけあってきな臭ささ満天です。
 

ベリカードコレクション:千葉テレビ

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 7月 2日(水)22時58分19秒
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  千葉県民にはお馴染みの千葉テレビです。元来、独立UHF局なので番組造りは独自路線を走っております。

私が子供の頃は、10:00頃に電波発射、以後静止画と音楽。13:00頃からマイナーな映画(マカロニウエスタンとか)。15:00から静止画と音楽。18:00頃からようやく普通の番組。23:00頃停波。といった感じでした。現在は他局同様の普通の放送をしています。

さてこのベリカード、受信報告書を提出してからなんと5ヶ月後に送られて来ました。「千葉テレビは財政難らしいのでベリカード発行は中止になったのかな」と諦めかけていた矢先でありました。遅くなってもちゃんとベリカードを発行してくれるのは有り難いことです。
 

凸名木城(成田市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 7月 1日(火)19時37分17秒
返信・引用
  先日、ネットの地図を眺めていますと建設中の圏央道が名木城を掠めているのを発見しました。主要部は大丈夫そうですが、一応確認に行ってみました。

前回、名木城にやってきたのはもう10年以上前になります。単純な縄張りではありますが、遺構はほぼ完存だったので破壊されるのは勿体ないです。

さて、現地に到着すると主要部は無事。写真上は堀切(多分)で左側が主郭方面、右側は台地付け根方面です。ここを登っていくと台地付け根方面はすっかり圏央道となっています。ここらあたりはめぼしい遺構はなかったと記憶していますが、『千葉県埋蔵文化財分布地図(2)』では城域に含まれています。発掘調査は行われたのか気になるところです。

名木城主要部は無事でしたが、圏央道予定地は城館の多い場所を貫くので他も確認せねばなりますまい。
 

ベリカードコレクション:JJY

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 6月 3日(火)21時23分34秒
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  前回の記事で紹介した自作長波受信用クリスタルコンバータを使用してJJYを受信しベリカードを戴きました。かつてBCL少年だった頃、短波JJYでもベリカードを貰えるのは知っていたのですが、受信報告書を送ったことはありませんでした。今思えば送っておけばよかったと後悔しています。今回は長波を受信してのカード獲得です。

情報通信研究機構 (NICT)から2枚のベリカードを戴きました。40kHzと60kHzで別々のカードを発行してくれます。

40kHzのおおたかどや山標準電波送信所(福島県田村市)は東日本大震災の際、原発事故の避難指示を受け職員が退避し停波。その後、再開するもアンテナへの落雷で再び停波が続いていました。東日本では電波時計が自動補正出来ない現象が起きていたのでした。普段あまりJJYの恩恵なんて感じることはありませんが、停波するとその有り難みを感じるものです。
 

長波受信用クリスタルコンバータの製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 6月 2日(月)22時19分25秒
返信・引用
  JJYと言うのをご存知でしょうか。日本標準時を電波を使って放送している無線局で情報通信研究機構 (NICT) が運用しています。かつては短波で送信されていたので簡単に受信できたのですが、現在では長波のみになってしまいそう簡単には受信出来なくなってしまいました。

現在、JJYは40kHz(福島県田村市)と60kHz(佐賀県佐賀市)の2波が発射されております。電波時計はこの電波を受信して自動で校正しているのです。

さて、長波を受信できるラジオというのは少なく、私も長波を受信したことはありませんでした。無いのなら作ってしまえと言うことで、今回はクリスタルコンバータを製作してみました。

クリスタルコンバータというのは水晶発振子を利用して受信した電波を別の周波数に変換する装置のことを言います。今回は28.0MHzの水晶発振子を用い、長波を28MHz帯に変換します。28MHzなら短波用アマチュア無線機で簡単に受信できます。

参考にした回路は次の二つです。

(1) http://damekko.net/modules/pico/index.php?content_id=2

(2) http://www2.jan.ne.jp/~jr7cwk/radio/lwjjyrx/lw_jjy.html

基本の形は(1)で高周波増幅回路に(2)のものを組み込みました。なんとオペアンプを高周波増幅に用いています。長波だからこそ出来る技です。アンテナはAMスーパーヘテロダインラジオ用のバーアンテナです。これにセラミックコンデンサを付け替えて同調をとります。コンデンサの容量は案外いい加減でも受信できます。アマチュア無線機のTS-530Vに接続して周波数を28.040MHzに合わせるとピーピーという規則的な信号が聞こえて来ました。コンデンサを変え、28.060MHzに合わせると弱いながらも佐賀局も聞こえます。

初めて聞く長波無線は感動的であります。ロシアに長波ラジオ放送があり日本でも夜間なら聞けると聞いていたので楽しみしていたのですが、最近どれも廃局になってしまったようです。目的のJJYは受信出来たのでさっそく受信報告書を送ってみました。
 

戦車の街、大洗町

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月30日(金)19時17分7秒
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  白河市へ向かう途中、アニメ「ガールズ&パンツァー」ですっかり有名になった大洗町に寄ってみました。寄ったと言っても訪問したのは大洗駅だけです。

アニメで登場するシーンを写真に収めて来ました。大洗町でのイベントでは陸自が本物の戦車(10式とか)を展示しているそうですが、ここは是非とも武器学校(阿見町)の八九式中戦車に出動を! (駅前に置かれているのが八九式)

駅舎内の観光案内所に入ってみたら、そこはすっかりガルパンの世界。(一番下の写真) その他、町中にガルパン関連のポスターや幟が掲げられていたりと大洗町全体で盛り上げようとしています。この街の人達はガルパンが好きなんだな、と感じたのでありました。
 

凸小峰城(白河市郭内)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月29日(木)19時03分51秒
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  日本百名城の一つ小峰城です。今回で4回目の訪問です。

東日本大震災であの美しい石垣が崩れたと聞いていましたが、現在その復旧作業が行われております。(写真上)

工事中なので本丸には入れません。国指定史跡なので石垣といえどもいい加減な修復は許可されず、時間をかけてやっているのでしょう。城に裏側(北側)に崩落した石垣が並べてありました。(写真中) それぞれ番号が書かれております。これをジグソーパズルのように組み直すことを考えると気が遠くなります。

崩落を免れた石垣もありますが、よく見ると石垣の隙間が大きくなってしまっているのが判ります。(写真下)
 

●稲荷山古戦場(白河市九番町西裏)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月28日(水)22時21分21秒
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  戊辰戦争、白河口の戦いの激戦地跡です。稲荷山は小峰城より南南西約1.8kmの位置にあり、奥州街道(現、国道294号 写真上)は、この丘の下を回り込むように通っています。しかも稲荷山へと向かう奥州街道は両脇を水田に挟まれた一本道なので、大軍による突入は不可能、守る側は各個撃破が可能なので、北上する新政府軍(以後、西軍)を食い止めるには絶好の位置にあります。

さて、現在の稲荷山は南側の斜面に数段の削平面が残されています。(写真中) おそらくここに奥羽列藩同盟軍(以後、東軍)が布陣して、目前の奥州街道を突破しようとする西軍に銃撃を加えたのでしょう。削平面があるだけで堀、土塁、塹壕のようなものはありまん。写真の赤矢印は小丸山で西軍はそこに布陣し稲荷山へ砲撃を加えたそうです。距離は1kmほどなので西軍の主力火砲である四斤山砲(射程2600m)で十分到達します。

山頂には東軍の白河口総督だった西郷頼母(会津藩家老)の歌碑があります。(写真下)

白河口の戦いでの両軍の兵力は東軍2500に対し西軍はたったの700程度だったと言われています。西軍はその兵力差をものともせず、稲荷山の東軍を撃破し小峰城の奪取に成功しています。東軍の戦死者が約700名だったのに対し西軍はわずか20名だったそうな。西軍は圧倒的ではないか。地の利、兵力共に東軍が有利だったのに何故大敗したのか。東軍のリーダーシップ欠如、西軍の優勢な火力、東軍の作戦ミス(兵力の逐次投入)等の理由が考えられていますが、この辺をしっかり調査してみると面白いことが判ってくるかもしれません。
 

凸新地山館(白河市借宿)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月27日(火)19時46分57秒
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  新地山館は比高約90mの山上に築かれた山城です。山頂が主郭でそこには羽黒神社が鎮座してします。社殿や参道で破壊されている遺構も多いようです。それにしてもこの羽黒神社の参拝者はそれ相応の体力が必要で、とても地元の人が気軽にお参り出来るようなものではありません。かつてこの山は松茸の産地で白河藩主は代々松茸狩りを行いそれを幕府に献上していたそうな。

城域はかなり広範囲で大量の兵員を収容出来たと思われます。当城は白川結城氏の佐竹氏に対する最終防衛拠点とも言われており、「新地山」「借宿」という名称は何かに迫られて急造したことを示唆している気がします。白川結城氏の本城、白川城からたったの6.3kmしかないこの地で決戦を迎えようとしていたとしたら、白川結城氏の緊迫感は相当なものであったことでしょう。
 

凸高野館(白河市東栃本)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月26日(月)20時49分8秒
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  多分「こやだて」と読むのだと思う。比高約20mの丘に築かれた丘城で、1辺約50mの単郭方形の構造です。単郭方形と言っても単純ではなく所々、折れや横矢がかかっています。圧巻なのはその周囲に構築されている堀で最大堀幅は約10mもあります。

主郭内部に石碑があり、「高野館主結城栃下廣正公跡」と書かれております。(写真下)
 

凸三森館(白河市表郷三森)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月25日(日)19時22分24秒
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  三森館は比高約55mの山上に築かれた山城です。当城は一点豪華主義というやつで、明瞭な馬出があります。主郭の虎口前面に5m四方ほどの小空間がありその周囲は堀で囲まれてします。2枚の写真は共にその馬出の様子ですが、判りにくいので加工しました。

主郭内は削平が甘く、とても建物が建てられる雰囲気ではありません。長期に渡り当城を維持していたようには思われず、短期にその使命を終えたと思われます。
 

牛久城の危機?

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月22日(木)19時34分23秒
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  先日貰ってきた常陽新聞(5/10付)のトップニュースに「国道6号バイパス 土浦、つくば2区間 今年度から事業着手」という記事が載っておりました。(写真上)

その地図をつらつら眺めておりますと、そのバイパス、なんと牛久城あたりをぶち抜いているではないですか。しかも赤い部分は今年度から整備事業が始まる区間だそうな。

牛久城はどうなっちゃうの? と心配になったので現地に飛んでみました。(写真下:3曲輪の辺り) じっくり見てきた訳ではありませんが、今のところ工事が始まっていたり工事予定を示す看板等も見当たりませんでした。

建設予定地が何処なのか、気になって調べているとこんなのを見つけました。

http://www.ktr.mlit.go.jp/jousou/ushiku-meguru.html

「起点付近(遠山)」とタイトルの付いた航空写真をご覧下さい。これを見る限り、大手門跡のちょい北側を東西に貫通させる予定っぽいです。これなら牛久城の遺構が破壊されることはなさそうです。茨城県屈指の名城を破壊するのだけはやめて頂きたいものです。
 

ベリカードコレクション:ロシアの声

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月19日(月)19時18分41秒
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  ロシアの声はロシアの短波放送でかつてはモスクワ放送と言う名称でした。当時はソビエト連邦のプロパガンダそのものでしたが、近年はソフトなものとなっています。

私がBCL少年だった頃、日本語海外短波放送で最大勢力を誇っていたのがモスクワ放送で、短波ラジオのチューニングつまみを回せば何時でも何処でも聴けるような状態でした。最近はだいぶ規模が縮小されて心配していたところ、とうとう先月、日本語放送は休止状態になってしまいました。

受信報告書を送ったのが今年1月でベリカードが送られてきたのは5月でした。かなり際どい時期にベリカードを獲得したようです。
 

ベリカードコレクション:イラン・イスラム共和国国際放送

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月17日(土)19時08分49秒
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  私がBCL少年だった頃、当局の日本語放送はありませんでした。日本語放送開始は1999年です。私がBCLを再開して数少ない新手の放送局です。

放送内容は局名から推測できるようにイスラム教色の強いものです。ここの管理人はイスラム教に全く馴染みがありませんが、放送を聞いていると知らないことが多くて案外楽しめました。

当局はベリカードの返信が遅いと聞いていたので覚悟はしていましたが、私の場合約4ヶ月かかりました。
 

ベリカードコレクション:ラジオNIKKEI

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月16日(金)20時40分2秒
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  私が昔BCLをやっていた頃は「日本短波放送」という名称でした。その後「ラジオたんぱ」を経て現在の「ラジオNIKKEI」に至っております。世界で唯一の民間短波放送局だそうな。放送内容は株式と競馬関係に特化しています。

放送所が千葉県長生郡長柄町にあるので、我が家でもクリアに聴取することが出来ます。
 

成田国際空港探訪(成田市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月14日(水)23時18分22秒
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  成田空港内を見学してきました。かつては見学不可でしたが、今では簡単に入れて貰えます。

写真中は第2ターミナル見学デッキ(南)からの風景。ここから滑走路はほとんど見えませんが、間近に駐機中の機体はよく見えます。ケロシンの燃えた臭いが漂ってきます。

写真下は第1ターミナル展望デッキからの風景。こちらは目前がA滑走路なので離発着する飛行機がよく見えます。離陸中なのはピーチ機です。(実物を見るとあのピンク色の機体は凄い!)
 

小金中野牧野馬土手(鎌ヶ谷市初富)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月13日(火)21時29分59秒
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  捕込があるくらいですから野馬土手も残っています。写真は捕込から北東300mあたりにある野馬土手。鎌ヶ谷総合病院駐車場脇にあり、現在でも隣接地との境のフェンスとして役だっています。長さ250m、高さ2mほどです。この場所以外にも小金中野牧の野馬土手は残っているそうです。こんな市街地に野馬土手が残存しているのは奇跡的なので、是非とも大切にしていただきたいものです。

さて地名の「初富」ですが、これは面白い由来があります。江戸時代、牧だった土地は民間に払い下げられて開墾され、その地名に順番通りの漢数字が入れられました。1番目だったのがこの「初富」です。(初は漢数字じゃないけど) 2番目は二和(船橋市)3番目は三咲(船橋市)と続きます。我が香取市の九美上は9番目です。現代だと「1号」とか「1番」等の味も素っ気もない地名にしがちですが、粋な明治人のネーミングセンスは抜群で中でも秀逸なのは4番目の豊四季(とよしき:柏市)ではないでしょうか。地名を聞いただけで住んでみたくなるではありませんか。
 

小金中野牧捕込(鎌ヶ谷市東中沢)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月12日(月)19時38分0秒
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  当遺跡は近年発展著しい、新鎌ヶ谷駅地区にあります。牧としては唯一の国指定史跡だそうな。市街地にあるので一部は破壊されていますが、かなりでかいです。最も高い土塁は4mもあり、そんじょそこらの城の土塁よりも立派です。

見学できる場所が一部だけなのが少々残念です。全部見ようとすると民家の敷地内に入らなくてはいけなかったりするのでその辺は仕方ないですね。

写真下はすぐ近くにある貝柄山公園内の馬の像です。親子三頭の仲睦まじい姿をしております。
 

シフトシャフトオイルシールの交換

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 4月27日(日)18時59分24秒
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  2ヶ月ほど前よりXLR号のエンジン下部からオイル漏れをするようになってしまいました。去年11月、クラッチレバーCOMP交換した際にRクランクケースカバーを開けたのでそこの密閉不足が原因と考え、それを何度か締め付け直しても全く効果無し。じっくり観察してみると、漏れ出し箇所はシフトシャフトオイルシールでした。(写真上) 滴っているオイルがご覧いただけます。

シフトシャフトというのは「ギアチェンジペダルの軸」です。この付け根からオイル漏れしないようにオイルシールが取り付けられているのですが、今回はそれが劣化した模様です。

さっそくこいつを交換。お値段は約300円。写真中は取り外した状態。シフトシャフトに段付きが生じているので、本当はシフトシャフトごと交換しないとダメかもしれませんが、今回はオイルシールのみの交換で誤魔化します。

写真下は取り除いたシフトシャフトオイルシール。突き刺さった木ネジは取り外し易いようにねじ込んだものです。

これで様子を見てみましょう。
 

雑音発生器の製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 4月17日(木)19時20分50秒
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  またの名をノイズジェネレーターとも言います。「なんでわざわざ雑音なんて作るの?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。私もこの存在を知ったときそう感じました。雑音を発生させるだけでは何も出来ませんで、ラジオやオーディオ機器に雑音を入力しその機器の特性などを計測する場合に用います。

製作にあたりこちらの回路をそのままコピーさせて貰うつもりでしたが、上手くいかなかったのでいろいろ改造を加えてあります。

http://nobunozakki.blog.fc2.com/blog-entry-57.html

雑音の発生源はUTC製の2SC1815Lです。本家東芝製より盛大に雑音をまき散らしてくれます。いろいろ実験をしたところ、エミッタ-ベース電流が10μA~300μAが最も雑音が大きいことが判り、その範囲内に収まるようにFETを用いた定電流回路で制御するようにしました。

簡易的なものなので、あまり高い周波数の雑音は発生できませんが、50MHzくらいまでは十分使えます。
 

神崎インターチェンジ(千葉県香取郡神崎町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 4月15日(火)19時28分7秒
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  今月12日に圏央道、神崎インターチェンジが供用開始されました。近所に高速道のインターが新設されるのは嬉しことです。我が家から神崎ICまでは12kmほどの距離ですが、信号はたったの3箇所しかないのでもっと身近に感じます。

現在、圏央道はつくば中央までしか繋がっていませんが、来年中には中央道、関越道と接続する予定だそうで、今から楽しみにしております。東京を迂回できるのは実に有り難いのです。
 

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