teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成


ベリカードコレクション:千葉テレビ

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 7月 2日(水)22時58分19秒
返信・引用
  千葉県民にはお馴染みの千葉テレビです。元来、独立UHF局なので番組造りは独自路線を走っております。

私が子供の頃は、10:00頃に電波発射、以後静止画と音楽。13:00頃からマイナーな映画(マカロニウエスタンとか)。15:00から静止画と音楽。18:00頃からようやく普通の番組。23:00頃停波。といった感じでした。現在は他局同様の普通の放送をしています。

さてこのベリカード、受信報告書を提出してからなんと5ヶ月後に送られて来ました。「千葉テレビは財政難らしいのでベリカード発行は中止になったのかな」と諦めかけていた矢先でありました。遅くなってもちゃんとベリカードを発行してくれるのは有り難いことです。
 
 

凸名木城(成田市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 7月 1日(火)19時37分17秒
返信・引用
  先日、ネットの地図を眺めていますと建設中の圏央道が名木城を掠めているのを発見しました。主要部は大丈夫そうですが、一応確認に行ってみました。

前回、名木城にやってきたのはもう10年以上前になります。単純な縄張りではありますが、遺構はほぼ完存だったので破壊されるのは勿体ないです。

さて、現地に到着すると主要部は無事。写真上は堀切(多分)で左側が主郭方面、右側は台地付け根方面です。ここを登っていくと台地付け根方面はすっかり圏央道となっています。ここらあたりはめぼしい遺構はなかったと記憶していますが、『千葉県埋蔵文化財分布地図(2)』では城域に含まれています。発掘調査は行われたのか気になるところです。

名木城主要部は無事でしたが、圏央道予定地は城館の多い場所を貫くので他も確認せねばなりますまい。
 

ベリカードコレクション:JJY

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 6月 3日(火)21時23分34秒
返信・引用
  前回の記事で紹介した自作長波受信用クリスタルコンバータを使用してJJYを受信しベリカードを戴きました。かつてBCL少年だった頃、短波JJYでもベリカードを貰えるのは知っていたのですが、受信報告書を送ったことはありませんでした。今思えば送っておけばよかったと後悔しています。今回は長波を受信してのカード獲得です。

情報通信研究機構 (NICT)から2枚のベリカードを戴きました。40kHzと60kHzで別々のカードを発行してくれます。

40kHzのおおたかどや山標準電波送信所(福島県田村市)は東日本大震災の際、原発事故の避難指示を受け職員が退避し停波。その後、再開するもアンテナへの落雷で再び停波が続いていました。東日本では電波時計が自動補正出来ない現象が起きていたのでした。普段あまりJJYの恩恵なんて感じることはありませんが、停波するとその有り難みを感じるものです。
 

長波受信用クリスタルコンバータの製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 6月 2日(月)22時19分25秒
返信・引用
  JJYと言うのをご存知でしょうか。日本標準時を電波を使って放送している無線局で情報通信研究機構 (NICT) が運用しています。かつては短波で送信されていたので簡単に受信できたのですが、現在では長波のみになってしまいそう簡単には受信出来なくなってしまいました。

現在、JJYは40kHz(福島県田村市)と60kHz(佐賀県佐賀市)の2波が発射されております。電波時計はこの電波を受信して自動で校正しているのです。

さて、長波を受信できるラジオというのは少なく、私も長波を受信したことはありませんでした。無いのなら作ってしまえと言うことで、今回はクリスタルコンバータを製作してみました。

クリスタルコンバータというのは水晶発振子を利用して受信した電波を別の周波数に変換する装置のことを言います。今回は28.0MHzの水晶発振子を用い、長波を28MHz帯に変換します。28MHzなら短波用アマチュア無線機で簡単に受信できます。

参考にした回路は次の二つです。

(1) http://damekko.net/modules/pico/index.php?content_id=2

(2) http://www2.jan.ne.jp/~jr7cwk/radio/lwjjyrx/lw_jjy.html

基本の形は(1)で高周波増幅回路に(2)のものを組み込みました。なんとオペアンプを高周波増幅に用いています。長波だからこそ出来る技です。アンテナはAMスーパーヘテロダインラジオ用のバーアンテナです。これにセラミックコンデンサを付け替えて同調をとります。コンデンサの容量は案外いい加減でも受信できます。アマチュア無線機のTS-530Vに接続して周波数を28.040MHzに合わせるとピーピーという規則的な信号が聞こえて来ました。コンデンサを変え、28.060MHzに合わせると弱いながらも佐賀局も聞こえます。

初めて聞く長波無線は感動的であります。ロシアに長波ラジオ放送があり日本でも夜間なら聞けると聞いていたので楽しみしていたのですが、最近どれも廃局になってしまったようです。目的のJJYは受信出来たのでさっそく受信報告書を送ってみました。
 

戦車の街、大洗町

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月30日(金)19時17分7秒
返信・引用
  白河市へ向かう途中、アニメ「ガールズ&パンツァー」ですっかり有名になった大洗町に寄ってみました。寄ったと言っても訪問したのは大洗駅だけです。

アニメで登場するシーンを写真に収めて来ました。大洗町でのイベントでは陸自が本物の戦車(10式とか)を展示しているそうですが、ここは是非とも武器学校(阿見町)の八九式中戦車に出動を! (駅前に置かれているのが八九式)

駅舎内の観光案内所に入ってみたら、そこはすっかりガルパンの世界。(一番下の写真) その他、町中にガルパン関連のポスターや幟が掲げられていたりと大洗町全体で盛り上げようとしています。この街の人達はガルパンが好きなんだな、と感じたのでありました。
 

凸小峰城(白河市郭内)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月29日(木)19時03分51秒
返信・引用
  日本百名城の一つ小峰城です。今回で4回目の訪問です。

東日本大震災であの美しい石垣が崩れたと聞いていましたが、現在その復旧作業が行われております。(写真上)

工事中なので本丸には入れません。国指定史跡なので石垣といえどもいい加減な修復は許可されず、時間をかけてやっているのでしょう。城に裏側(北側)に崩落した石垣が並べてありました。(写真中) それぞれ番号が書かれております。これをジグソーパズルのように組み直すことを考えると気が遠くなります。

崩落を免れた石垣もありますが、よく見ると石垣の隙間が大きくなってしまっているのが判ります。(写真下)
 

●稲荷山古戦場(白河市九番町西裏)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月28日(水)22時21分21秒
返信・引用
  戊辰戦争、白河口の戦いの激戦地跡です。稲荷山は小峰城より南南西約1.8kmの位置にあり、奥州街道(現、国道294号 写真上)は、この丘の下を回り込むように通っています。しかも稲荷山へと向かう奥州街道は両脇を水田に挟まれた一本道なので、大軍による突入は不可能、守る側は各個撃破が可能なので、北上する新政府軍(以後、西軍)を食い止めるには絶好の位置にあります。

さて、現在の稲荷山は南側の斜面に数段の削平面が残されています。(写真中) おそらくここに奥羽列藩同盟軍(以後、東軍)が布陣して、目前の奥州街道を突破しようとする西軍に銃撃を加えたのでしょう。削平面があるだけで堀、土塁、塹壕のようなものはありまん。写真の赤矢印は小丸山で西軍はそこに布陣し稲荷山へ砲撃を加えたそうです。距離は1kmほどなので西軍の主力火砲である四斤山砲(射程2600m)で十分到達します。

山頂には東軍の白河口総督だった西郷頼母(会津藩家老)の歌碑があります。(写真下)

白河口の戦いでの両軍の兵力は東軍2500に対し西軍はたったの700程度だったと言われています。西軍はその兵力差をものともせず、稲荷山の東軍を撃破し小峰城の奪取に成功しています。東軍の戦死者が約700名だったのに対し西軍はわずか20名だったそうな。西軍は圧倒的ではないか。地の利、兵力共に東軍が有利だったのに何故大敗したのか。東軍のリーダーシップ欠如、西軍の優勢な火力、東軍の作戦ミス(兵力の逐次投入)等の理由が考えられていますが、この辺をしっかり調査してみると面白いことが判ってくるかもしれません。
 

凸新地山館(白河市借宿)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月27日(火)19時46分57秒
返信・引用
  新地山館は比高約90mの山上に築かれた山城です。山頂が主郭でそこには羽黒神社が鎮座してします。社殿や参道で破壊されている遺構も多いようです。それにしてもこの羽黒神社の参拝者はそれ相応の体力が必要で、とても地元の人が気軽にお参り出来るようなものではありません。かつてこの山は松茸の産地で白河藩主は代々松茸狩りを行いそれを幕府に献上していたそうな。

城域はかなり広範囲で大量の兵員を収容出来たと思われます。当城は白川結城氏の佐竹氏に対する最終防衛拠点とも言われており、「新地山」「借宿」という名称は何かに迫られて急造したことを示唆している気がします。白川結城氏の本城、白川城からたったの6.3kmしかないこの地で決戦を迎えようとしていたとしたら、白川結城氏の緊迫感は相当なものであったことでしょう。
 

凸高野館(白河市東栃本)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月26日(月)20時49分8秒
返信・引用
  多分「こやだて」と読むのだと思う。比高約20mの丘に築かれた丘城で、1辺約50mの単郭方形の構造です。単郭方形と言っても単純ではなく所々、折れや横矢がかかっています。圧巻なのはその周囲に構築されている堀で最大堀幅は約10mもあります。

主郭内部に石碑があり、「高野館主結城栃下廣正公跡」と書かれております。(写真下)
 

凸三森館(白河市表郷三森)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月25日(日)19時22分24秒
返信・引用
  三森館は比高約55mの山上に築かれた山城です。当城は一点豪華主義というやつで、明瞭な馬出があります。主郭の虎口前面に5m四方ほどの小空間がありその周囲は堀で囲まれてします。2枚の写真は共にその馬出の様子ですが、判りにくいので加工しました。

主郭内は削平が甘く、とても建物が建てられる雰囲気ではありません。長期に渡り当城を維持していたようには思われず、短期にその使命を終えたと思われます。
 

牛久城の危機?

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月22日(木)19時34分23秒
返信・引用
  先日貰ってきた常陽新聞(5/10付)のトップニュースに「国道6号バイパス 土浦、つくば2区間 今年度から事業着手」という記事が載っておりました。(写真上)

その地図をつらつら眺めておりますと、そのバイパス、なんと牛久城あたりをぶち抜いているではないですか。しかも赤い部分は今年度から整備事業が始まる区間だそうな。

牛久城はどうなっちゃうの? と心配になったので現地に飛んでみました。(写真下:3曲輪の辺り) じっくり見てきた訳ではありませんが、今のところ工事が始まっていたり工事予定を示す看板等も見当たりませんでした。

建設予定地が何処なのか、気になって調べているとこんなのを見つけました。

http://www.ktr.mlit.go.jp/jousou/ushiku-meguru.html

「起点付近(遠山)」とタイトルの付いた航空写真をご覧下さい。これを見る限り、大手門跡のちょい北側を東西に貫通させる予定っぽいです。これなら牛久城の遺構が破壊されることはなさそうです。茨城県屈指の名城を破壊するのだけはやめて頂きたいものです。
 

ベリカードコレクション:ロシアの声

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月19日(月)19時18分41秒
返信・引用
  ロシアの声はロシアの短波放送でかつてはモスクワ放送と言う名称でした。当時はソビエト連邦のプロパガンダそのものでしたが、近年はソフトなものとなっています。

私がBCL少年だった頃、日本語海外短波放送で最大勢力を誇っていたのがモスクワ放送で、短波ラジオのチューニングつまみを回せば何時でも何処でも聴けるような状態でした。最近はだいぶ規模が縮小されて心配していたところ、とうとう先月、日本語放送は休止状態になってしまいました。

受信報告書を送ったのが今年1月でベリカードが送られてきたのは5月でした。かなり際どい時期にベリカードを獲得したようです。
 

ベリカードコレクション:イラン・イスラム共和国国際放送

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月17日(土)19時08分49秒
返信・引用
  私がBCL少年だった頃、当局の日本語放送はありませんでした。日本語放送開始は1999年です。私がBCLを再開して数少ない新手の放送局です。

放送内容は局名から推測できるようにイスラム教色の強いものです。ここの管理人はイスラム教に全く馴染みがありませんが、放送を聞いていると知らないことが多くて案外楽しめました。

当局はベリカードの返信が遅いと聞いていたので覚悟はしていましたが、私の場合約4ヶ月かかりました。
 

ベリカードコレクション:ラジオNIKKEI

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月16日(金)20時40分2秒
返信・引用
  私が昔BCLをやっていた頃は「日本短波放送」という名称でした。その後「ラジオたんぱ」を経て現在の「ラジオNIKKEI」に至っております。世界で唯一の民間短波放送局だそうな。放送内容は株式と競馬関係に特化しています。

放送所が千葉県長生郡長柄町にあるので、我が家でもクリアに聴取することが出来ます。
 

成田国際空港探訪(成田市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月14日(水)23時18分22秒
返信・引用
  成田空港内を見学してきました。かつては見学不可でしたが、今では簡単に入れて貰えます。

写真中は第2ターミナル見学デッキ(南)からの風景。ここから滑走路はほとんど見えませんが、間近に駐機中の機体はよく見えます。ケロシンの燃えた臭いが漂ってきます。

写真下は第1ターミナル展望デッキからの風景。こちらは目前がA滑走路なので離発着する飛行機がよく見えます。離陸中なのはピーチ機です。(実物を見るとあのピンク色の機体は凄い!)
 

小金中野牧野馬土手(鎌ヶ谷市初富)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月13日(火)21時29分59秒
返信・引用
  捕込があるくらいですから野馬土手も残っています。写真は捕込から北東300mあたりにある野馬土手。鎌ヶ谷総合病院駐車場脇にあり、現在でも隣接地との境のフェンスとして役だっています。長さ250m、高さ2mほどです。この場所以外にも小金中野牧の野馬土手は残っているそうです。こんな市街地に野馬土手が残存しているのは奇跡的なので、是非とも大切にしていただきたいものです。

さて地名の「初富」ですが、これは面白い由来があります。江戸時代、牧だった土地は民間に払い下げられて開墾され、その地名に順番通りの漢数字が入れられました。1番目だったのがこの「初富」です。(初は漢数字じゃないけど) 2番目は二和(船橋市)3番目は三咲(船橋市)と続きます。我が香取市の九美上は9番目です。現代だと「1号」とか「1番」等の味も素っ気もない地名にしがちですが、粋な明治人のネーミングセンスは抜群で中でも秀逸なのは4番目の豊四季(とよしき:柏市)ではないでしょうか。地名を聞いただけで住んでみたくなるではありませんか。
 

小金中野牧捕込(鎌ヶ谷市東中沢)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 5月12日(月)19時38分0秒
返信・引用
  当遺跡は近年発展著しい、新鎌ヶ谷駅地区にあります。牧としては唯一の国指定史跡だそうな。市街地にあるので一部は破壊されていますが、かなりでかいです。最も高い土塁は4mもあり、そんじょそこらの城の土塁よりも立派です。

見学できる場所が一部だけなのが少々残念です。全部見ようとすると民家の敷地内に入らなくてはいけなかったりするのでその辺は仕方ないですね。

写真下はすぐ近くにある貝柄山公園内の馬の像です。親子三頭の仲睦まじい姿をしております。
 

シフトシャフトオイルシールの交換

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 4月27日(日)18時59分24秒
返信・引用
  2ヶ月ほど前よりXLR号のエンジン下部からオイル漏れをするようになってしまいました。去年11月、クラッチレバーCOMP交換した際にRクランクケースカバーを開けたのでそこの密閉不足が原因と考え、それを何度か締め付け直しても全く効果無し。じっくり観察してみると、漏れ出し箇所はシフトシャフトオイルシールでした。(写真上) 滴っているオイルがご覧いただけます。

シフトシャフトというのは「ギアチェンジペダルの軸」です。この付け根からオイル漏れしないようにオイルシールが取り付けられているのですが、今回はそれが劣化した模様です。

さっそくこいつを交換。お値段は約300円。写真中は取り外した状態。シフトシャフトに段付きが生じているので、本当はシフトシャフトごと交換しないとダメかもしれませんが、今回はオイルシールのみの交換で誤魔化します。

写真下は取り除いたシフトシャフトオイルシール。突き刺さった木ネジは取り外し易いようにねじ込んだものです。

これで様子を見てみましょう。
 

雑音発生器の製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 4月17日(木)19時20分50秒
返信・引用
  またの名をノイズジェネレーターとも言います。「なんでわざわざ雑音なんて作るの?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。私もこの存在を知ったときそう感じました。雑音を発生させるだけでは何も出来ませんで、ラジオやオーディオ機器に雑音を入力しその機器の特性などを計測する場合に用います。

製作にあたりこちらの回路をそのままコピーさせて貰うつもりでしたが、上手くいかなかったのでいろいろ改造を加えてあります。

http://nobunozakki.blog.fc2.com/blog-entry-57.html

雑音の発生源はUTC製の2SC1815Lです。本家東芝製より盛大に雑音をまき散らしてくれます。いろいろ実験をしたところ、エミッタ-ベース電流が10μA~300μAが最も雑音が大きいことが判り、その範囲内に収まるようにFETを用いた定電流回路で制御するようにしました。

簡易的なものなので、あまり高い周波数の雑音は発生できませんが、50MHzくらいまでは十分使えます。
 

神崎インターチェンジ(千葉県香取郡神崎町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 4月15日(火)19時28分7秒
返信・引用
  今月12日に圏央道、神崎インターチェンジが供用開始されました。近所に高速道のインターが新設されるのは嬉しことです。我が家から神崎ICまでは12kmほどの距離ですが、信号はたったの3箇所しかないのでもっと身近に感じます。

現在、圏央道はつくば中央までしか繋がっていませんが、来年中には中央道、関越道と接続する予定だそうで、今から楽しみにしております。東京を迂回できるのは実に有り難いのです。
 

FMラジオ用プリアンプ

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 4月13日(日)21時06分22秒
返信・引用
  プリアンプとはアンテナで受信した電気信号を増幅して受信機へ送る装置です。テレビ用だと「ブースター」と言ったりします。以前FMラジオ用アンテナを製作したものの、それでもやはり感度不足なので、それをこの装置で補ってやろう言う魂胆です。回路はこちらのものをほぼコピーさせて戴いております。

http://iyo.ojaru.jp/gaiya.html

変更点は

FET 2SK439->2SK241Y
トリマコンデンサ 35pF->30pF

の2点です。筐体は100円ショップの灰皿を利用しました。

さて肝心の性能はというと、増幅はしてくれるものの微々たるものです。測定器を持っていないので実数値は測れないのですが、多分、10dBもないような気がします。2SK241の電力利得は28dBもあるはずですが・・・。まあ、雑音は小さくなるので聞き易くはなります。
 

【頓挫】妻木城(岐阜県土岐市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 4月 8日(火)19時12分23秒
返信・引用
  【頓挫】妻木城(岐阜県土岐市)

この日、最後に妻木城を訪問する予定でした。今回の旅で唯一再訪なのはこの妻木城だけです。再訪に値するほどの価値がある城です。

ところが林道を走って行くとなんと倒木が行く手を塞いでいるではありませんか。(写真上) ここに駐車して徒歩で向かうにも片道約2km、迂回するにもかなりの遠回り。しかも時刻は17:00。雪でこんなだし・・・。(写真下) ここは諦めて帰路につくことにしました。

妻木城は残念でしたが、沢山の良い城に巡り会えた東美濃の旅でした。
 

小里城(岐阜県瑞浪市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 4月 7日(月)19時47分22秒
返信・引用
  今回の旅で最も比高差のある山城です。山麓からの比高は約180m。朝から山城ばかり登ってきたのでこの時点でもうヘトヘトでした。

小里城は1532年頃、土岐一族の小里光忠が築城しその後、小里氏の居城となりました。天正2年(1574)、織田信長は武田勢に対抗するため、この城に池田恒興を配して当城の改修をさせました。この時、山上に天守台が築かれたという。本能寺の変後、小里氏は徳川家康を頼ってこの地を去りますが、関ヶ原の合戦で軍功を挙げ旧領を回復し山麓に居館(御殿場)を構えたと考えられています。元和9年(1623)、小里氏は断家され小里城も廃城されました。

さて小里城の構造は山麓部の「御殿場」と山上部の「本丸」の二つに別れます。山麓の御殿場は石垣造りの立派なものです。(写真上) ただ、全く戦闘的ではありません。関ヶ原合戦後の小里氏の石高は4000石弱だったのでこの程度の陣屋で十分だったのでしょう。

その御殿場から更に登っていくと山上に「本丸」があります。(写真中) 本丸には「枡形」と呼ばれる天守台があります。(写真下) 本丸周辺には「二の丸」「三の丸」の看板がありますが、それらを区切るものは何もありません。山上には見事な天守台がある割に、その周辺は巨石がゴロゴロしているだけです。とにかく巨石のせいで居住性が低く、ここが曲輪だったとは思えないほどです。天守台は不等辺多角形で一体どんな天守が乗っていたのかと首をひねってしまいます。(写真下)

山上の遺構は何かと謎が多いです。天守台隣りの石碑にヒントが隠されておりました。その石碑は昭和29年に地元の顕彰会が建立したもので次のようなことが書かれております。「自来四百余年風雪にさらされ草にうずもれて影もなかったのを村民有志は本城の清掃枡形の復元を思いたった(中略)工人成瀬国平に依頼して石垣の修復をしたものである」とあります。「影もなかった」のを昭和29年に地元民によって復元されたのだという。この復元作業にあたり、検証がどのくらい行われたのは不明ですが、「影もなかった」状態から素人衆の手によって「復元」されたことは確かです。「模擬天守台」くらいに考えておいた方がよさそうです。

ちょっと問題が残る小里城ですが、他にも要所要所に石垣が構築され見応えのある山城でした。
 

鶴ケ城(瑞浪市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 4月 3日(木)19時04分56秒
返信・引用
  鶴ヶ城は比高約100mの山上に築かれた山城です。鎌倉時代初期に土岐光衡が築城したとされています。(ホント?) 土岐氏の居城であったことは間違いなく、その後、織田信長の手中に落ち彼の東美濃支配の拠点となりました。甲州征伐(天正10年)の際、信長は当城に宿泊し甲斐に進軍したそうです。

山自体が急峻なので縄張りには拘らなかったようで、平坦地を何面か削り出した構造です。技巧性はあまり感じられませんが主郭背後の堀切だけは圧巻です。(ひょっとして自然地形?)
 

一日市場館(瑞浪市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 4月 1日(火)23時40分32秒
返信・引用
  中世において万木城(いすみ市)、江戸崎城(稲敷市)、龍ヶ崎城(龍ヶ崎市)と関東にも勢力を伸ばしていた土岐氏ですが、その本流は美濃にあります。

平安時代後期、清和源氏が美濃土岐郡に土着し、土岐氏を称したのが始まりで、その土岐氏発祥の地とされているのがこの一日市場館です。

当館は鎌倉時代の居館なので城らしさはほとんどありません。現在は神社となっていて裏手に土塁のようなもの(写真中)がありますが、本物の土塁かどうかは怪しいです。境内には土岐氏の一族、明智光秀の石造(写真下)が建立されております。世間では極悪人にされがちな光秀ですが、当地では慕われているようです。
 

千村氏屋敷(岐阜県可児市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月28日(金)19時28分48秒
返信・引用
  久々利城見学の際、可児郷土歴史館の駐車場をお借りしたのですが、その際たまたまこの標柱を発見し取り敢えず写真を撮っておきました。千村氏って一体誰?

帰宅して調べると意外な事実を知ることになりました。千村氏は木曽氏の家臣だったそうで、木曽義昌が下総國網戸(千葉県旭市)に移封された際、千村良重は一緒に網戸についていったそうな。木曽家が改易されると良重は浪人となったが、関ヶ原の戦いの際に徳川家康に与し軍功を上げたため、土岐・可児・恵那郡内の4400石を知行し、この久々利に屋敷を構えたとのこと。

なんと旭市の網戸城縁の人物だったとは! 世間は意外と狭いものです。

標柱後ろの石垣はその千村氏屋敷の本物の石垣だそうです。てっきり最近のものかと思い込んでおりました。歴史館の裏にはもっと凄い石垣が残っているとか。
 

上高津貝塚ふるさと歴史広場考古資料館(土浦市)のテーマ展

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月27日(木)21時05分59秒
返信・引用
  ただ今、上高津貝塚ふるさと歴史広場考古資料館(土浦市)のテーマ展にて茨城城郭研究会の仲間、故石﨑氏が発見した手野新堀遺跡の発掘成果が展示されています。

http://www.city.tsuchiura.lg.jp/page/page005432.html

彼が持てる情熱を傾け続けた遠堀の発掘成果展示となっていますので、どうぞ足をお運びご覧下さい。
 

久々利城(岐阜県可児市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月25日(火)22時56分14秒
返信・引用
  久々利城は比高約60mの山城です。主要部は綺麗に草木が刈られているので非常に見やすいです。やはり薮のない城は素晴らしい!

本丸へ至る通路が大量の枯れた竹で塞がれていました。看板があって見ると実験的に竹の繁殖を抑えるために枯らす薬剤を注入しているのだとか。竹藪を駆逐するのは有り難いですが、枯れて倒れた竹をそのまま放置して通行の邪魔にするのはどうにかして欲しいものです。

そんな訳で本丸へは通常ルートは使えず、二の丸から切岸をよじ登って突入しました。写真中の斜面がそれ。

あと、三の丸の一段下の曲輪はなかなか興味深い遺構でした。囮虎口のようなものがあったり(ひょっとして馬繋ぎ場?)、建物内を通過して三の丸虎口へ至る経路など珍しい構造をしております。
 

大森城(岐阜県可児市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月24日(月)20時25分52秒
返信・引用
  大森城は比高約20mの台地上に築かれた丘城です。

現地に案内板に概念図が載っているのですが、実際はその図よりはるかに複雑な縄張りを持っています。何度も屈曲を持った塁線や大規模な横堀は見事です。ただ、薮が酷くて技巧的な遺構もよく観察出来ないのが残念です。薮さえなければ、縄張図を描きたくなるような城でした。
 

明智長山城(岐阜県可児市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月23日(日)18時28分23秒
返信・引用
  可児市は明智氏発祥の地であの明智光秀はこの明智長山城で産まれたそうな。

麓の光蓮寺から登城路を登っていくと、いかにも「これから城内へ」といういい雰囲気を醸しております。(写真1) 比高約60mを登り切るといよいよ城内です。そこには一応「本丸」(写真3)とか「二の丸」といった標柱があるのですが、堀や土塁の類はありません。曲輪内の削平も甘くこれも曲輪っぽくありません。正直言うと「本当にこれは城なのか」と疑念を抱いてしまいました。

「明智氏発祥地可児市」「光秀生誕地可児市」という幟は沢山立っております。(写真2) 城っぽくないところをなんとかしたかったのか、あり得ない場所に馬防柵と逆茂木が再現されております。(写真4) 可児市の心意気は伝わって来るのですが、こうも遺構が乏しいと・・・。
 

金山城(岐阜県可児市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月21日(金)22時49分55秒
返信・引用
  金山城は比高約170mの山上に築かれた山城です。かなり急峻な山で徒歩での登城は大変そうですが、有り難いことに城域まで車で登っていけます。

築城者は斎藤正義(斎藤道三の猶子)で、その後の城主は土岐氏、森氏等へと移っていきます。駐車場に森蘭丸の幟が立っていましたが、彼が城主だった時期もありました。

現在の遺構がいつの時代のものかは判りませんが、中世の山城というよりは近世城郭の風格があります。しっかりした石垣、枡形等は織豊系城郭の萌芽を感じさせます。

写真上は大手枡形です。とても山城のものとは思えないほどの大きさです。往時はさぞかし壮大だったことでしょう。写真中は本丸の枡形。こちらは小振りですが、石造りなのでしっかりしています。写真下は本丸東側の一段下がった曲輪。石材で区画がされているので、何らかの重要な施設があったことが想像されます。

なかなか素晴らしい城でした。
 

大洞城(岐阜県関市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月17日(月)20時11分49秒
返信・引用
  大洞城は比高約120mの山上に築かれた山城です。縄張りは単純ですが、石積みが魅力的です。写真上は主郭を取り巻く石積み、写真中は第一の門があったと思われる場所です。

山麓の一柳神社から谷筋を登っていくのルートがあるのですが、あろうことか、その通路を覆い尽くす大量の間伐材が放置されていました。前夜に大雨が降ってぬかるんでいる上、間伐材の通せんぼせいで大変な思いをして登って行きました。山頂付近まで達するとなんと大がかりな道路建設中!(写真下) ゆくゆくは着到曲輪まで車で登れるようになりそうです。

帰りは間伐材地獄を突破するのが嫌だったので、この建設中の道路を歩いて降りました。楽には楽なのですが、2kmほども遠回りをするハメになってしまいました。
 

うだつの上がる町並み(岐阜県美濃市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月15日(土)19時19分7秒
返信・引用
  小倉山城の城下には「うだつの上がる町並み」があります。車を走らせていて観光案内の看板が目に止まったのでちょっと寄ってみました。

「うだつの上がらない・・・」という慣用句がありますが、「うだつ」とは隣家からの延焼を防ぐための防火壁のことを言います。うだつがある家屋はそれなりの資産家とみなされることから、生活や地位が向上しないことを「うだつの上がらない」と称されるようになったそうな。(別説あり)

写真下は小坂家住宅(国指定重要文化財)のうだつ。うだつの上に破風瓦を設けた立派なものです。
 

小倉山城(岐阜県美濃市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月14日(金)19時11分4秒
返信・引用
  名古屋オートトレンド見学の後、岐阜県の城巡りをしてきました。

小倉山城は織田信長の家臣として有名な金森長近の隠居城として1605年に築城されました。長近の死後1611年に廃城になっているので城として機能したのはたったの6年間でしかありません。その後、この地は尾張藩の所領となり小倉山城跡に代官所が置かれたそうです。

写真をご覧の通り、石垣が見事な近世城郭です。これを見て期待を増幅させたのですが、土塁もなければ堀もありません。縄張りも貧弱です。石垣だけが立派で「本当に城なのか?」という印象を受けます。

長近が当城を築城したのは81歳の時。もうこの城で戦う気など毛頭なかったのでしょう。隠居城というよりは「豪華な隠居屋敷」ってところでしょうか。
 

雪の箱根越え

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月11日(火)22時30分42秒
返信・引用
  名古屋へはほとんど一般道を利用したのですが、その道中、箱根あたりの雪が凄かったです。写真は箱根関址付近の様子です。

路面は除雪されて車の運行に支障はないのですが、その両脇の歩道の辺りは人の背丈ほどの雪が積もっております。雪が滅多に降らない千葉県に住んでいるここの管理人は、こんな凄い雪を見たのは初めてだったのでつい写真を撮ってしまいました。
 

レースクイーンのサイン

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月10日(月)19時24分6秒
返信・引用
  上写真はサーキットで撮影したかのような絵面ですが、名古屋オートトレンドの東洋タイヤブースです。この時、彼女からステッカーを戴いたのですが気にも留めずバッグの中に放り込んでおきました。家に帰ってよく見るとなんとサイン入りではないですか!(下写真)

調べてみると彼女らは戸崎奈津さん(左)と阿川麻美さん(右)とおっしゃるそうな。本物の東洋タイヤレースクイーンです。

http://toyotires-drift.net/race-2014/1272.html

レースクイーンのサインなんか貰ったことないのに、しかも知らぬ間に所有しているという奇妙な体験をしたのでありました。
 
 

名古屋オートトレンド2014

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月 9日(日)21時46分50秒
返信・引用
  に行って来ました。コンパニオンさんに写真を撮らせて貰ったら「その写真をネットにアップして下さい」と頼まれたので、お望み通りアップいたします。

以前もそんなことがありました。ネットにアップされると言うことは出展者やコンパニオン自身の宣伝にもなるということなのでしょう。中には「撮影禁止!」というブースもあるのですが、各社それぞれの考え方があるということなのでしょう。
 

パソコンの復旧

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 3月 8日(土)19時38分10秒
返信・引用
  2週間前からメインで使用しているパソコンが起動しなくなっていたのですが、このほどようやく復旧させました。主な原因はハードの不調(電源装置とかHDDとかSATAインターフェイスとか・・・)で、何度も突然のシステムダウンを繰り返しているうちにソフトウエア的にもめちゃくちゃになってしまい、とうとう起動もしなくなってしまいました。こうなるとクリーンインストールしか方法はなく、長年使い続けたメインパソコンの諸々のアプリケーションや設定は泣く泣く破棄することにしました。データは残っているものの、この喪失感は甚大です。

当該パソコンのOSはWindowsXPなんですね。1ヶ月後にサポート終了なのですが、まだ使い続けております。クリーンインストールをしていて気づいたことは初期のWindowsXP(spなし)だと起動時間がびっくりするくらい短時間だということです。sp2,sp3へとバージョンアップするにつれてどんどん時間がかかるようになっていきます。sp3は初期XPに比べると10倍くらいかかっているような気がします。

クリーンインストール後は必要最小限のアプリケーションしか入れておりません。そのせいか、以前より随分軽くなりました。あと、外付けHDDが認識しないとかその手の不具合も直ってしまいました。クリーンインストールは喪失感も大きいですが、得るものも大きいですな。

さて、サポート終了するXPをどうしようか思案のしどころです。
 

数値の訂正

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 2月23日(日)23時19分16秒
返信・引用
  「簡易インダクタンスメータの製作」の記事内においてコンデンサ容量の間違いがあったので訂正させていただきます。

× 0.46uF
○ 0.046uF
 

ベリカードコレクション:日本テレビ

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 2月23日(日)19時21分20秒
返信・引用
  日本テレビは東京都のテレビ局です。こちらも初獲得です。

1953年に放送開始された日本テレビは民放局中、最も歴史のあるテレビ放送局です。(予備免許ならNHKより早い)

これで在京テレビ局、5局のベリカードが揃いました。TOKYO MXは残念ながら今の環境では受信できません。アンテナの向きを変えるとかすれば受信できるかもしれません。あと、NHKは基本的にベリカードの発行をしていないので受信報告書を提出したことはありません。
 

デジカメのCCDダイナミックレンジ

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 2月22日(土)23時15分43秒
返信・引用
  先日、我がE-300はCCDのダイナミックレンジが狭いと書きましたが、CP+会場での撮影でそれがよく判るものがあるのでご披露しましょう。

背後の白い壁が真っ白になってしまっているのがお判りだと思いますが、これが「白飛び」。コンパニオンさんの黒い衣装も若干「黒つぶれ」しているかな。ニコンの美しいコンパニオンさんもこれでは台無しです。この写真のように真っ白と真っ黒が混在するのはカメラのCCDにとっては過酷な状況だそうで、ダイナミックレンジが狭い機種だと白飛び黒つぶれが発生しやすくなります。

E-300は9年も前に発売されたものなので、現行機種ではこんなに酷くはならないらしいです。それとE-300が特にダイナミックレンジが狭いと言うわけではなく、その頃のデジタル一眼レフはこんなものだったそうです。

せっかく撮影した写真が白飛び、黒つぶれのオンパレードではがっかりなのです。自分の腕で解決できるものでもないので、こればかりは参っております。
 

ベリカードコレクション:TBS

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 2月21日(金)18時54分27秒
返信・引用
  TBSは東京都のテレビ局です。(ラジオもやっている) 昔、TBSラジオのベリカードは頂きましたが、テレビ局の方は初めてです。
 

簡易インダクタンスメータの製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 2月20日(木)19時07分39秒
返信・引用
  インダクタンスを計測するLCメータは結構高価なので所持していません。自作コイルのインダクタンスを計測したい時はしばしばありますが、LCメータを自作するにしてもワンチップマイコンを使用しないと無理っぽい。(ここの管理人はワンチップマイコンを使いこなせない) そんな中、実に簡単かつ安価なインダクタンスメータの作例を見つけたのでさっそく製作してみました。

参考にしたのはこちら。

http://ednjapan.com/edn/articles/0711/01/news145.html

実に単純! こんなので本当に測れるの? と言いたいところですが、取り敢えず作ってみました。ほとんど手持ちのパーツで足りて新たに購入したのは74HC04、1個(25円)だけです。

使用方法は、まずICクリップで測定したいコイル(インダクタ)を挟み、ミノムシクリップに周波数カウンターを接続。私は手持ちのP-16(秋月電子通商)を使用。次にその周波数を読み取ります。写真では23.02kHzです。

当インダクタンスメータは計測したいコイルと基板上のコンデンサとの並列共振回路によって発振を起こさせるだけです。その時の共振周波数を周波数カウンタで計測すれば未知コイルのインダクタンスを求められるという仕組みです。

共振周波数f=1/(2π√LC)、基板上のCは0.05uFで固定なので、L=1/(4π^2×0.05uF×f^2)で求められます。

写真は1mHのインダクタを計測している場面では23.02kHzを表示しています。これを上記式に代入するとL=0.956004mHとなります。

いくつかのメーカー製コイルを計測してみたところ、どれも公称値より10%ほど低い値になっています。当インダクタンスメータの肝は共振回路のコンデンサ精度です。上記サイトでは1%精度品を推奨していますが、入手困難だったので手持ちの積層フィルムコンデンサ0.1uF(多分G級品、許容差±2%)をデジタルマルチメータ(P-16)で静電容量を実測して2個選別しました。どうもP-16の精度が悪かったようで実際にはその2個のコンデンサの直列合成容量は0.46uFくらいみたいです。

上記式の0.05uFを0.46uFに変更して計算し直すと、このコイルは1.039mHとなります。いくつかのコイルを0.46uFで計算し直すと大体、公称値に近くなりました。

計測範囲ですが、10uHから100mH以上までいけるようです。手持ちコイルで最大が100mHだったのですが、それ以上でもいけそうです。10uH以下だと誤差が大きくなってダメです。コンデンサをもっと小さなものに替えるとよいかもしれません。

その都度計算しないいけませんが、こんな単純で安価ならその手間は帳消し出来ます。コストパフォーマンスが非常に優れた作品になりました。
 

デジタル一眼カメラ性能比較

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 2月19日(水)23時10分55秒
返信・引用
  先日、カメラと写真の総合展示会「CP+」に出掛けてきました。今回は珍しく最新カメラの試写なぞをしました。私のカメラ、オリンパス「E-300」(2005年発売)と最新カメラの性能比較をご覧あれ。

上写真は私のカメラオリンパス「E-300」で撮影したもの。レンズはZUIKO DIGITAL 14-45mm F3.5-5.6。

モデル名                      E-300
露出時間                      1/200 秒
絞り値(F)                     F4.3
ISO感度                    400
露光補正値(EV)                +0.3
フラッシュ                    発光禁止
レンズ焦点距離                26.0 mm(35mm換算で52mm)
ホワイトバランス              昼白色蛍光灯


下写真はニコン「D800」、レンズは(たぶん)「AF-S NIKKOR 58mm f/1.4G」。

モデル名                      NIKON D800
露出時間                      1/1000 秒
絞り値(F)                     F1.4
ISO感度                    100
露光補正値(EV)                ±0
フラッシュ                    発光禁止
レンズ焦点距離                58.0 mm
ホワイトバランス              晴天


両方とも画像サイズを変更しただけで画質等はいじっておりません。

一目見て全く違うのは被写界深度の差です。上写真は背後の花までピントが合っていますが、下写真は背後の花は勿論のこと、手前の花までぼけています。58mmでここまでぼけるとは凄い! 私の所持する望遠レンズ「ZUIKO DIGITAL 40-150mm F3.5-4.5」で最大望遠にしてもこんなにはぼけませんぞ。このレンズはポートレート用に特化したものなのでしょうか。嗚呼欲しい!

実は最も性能差を確認したかったのはCCDのダイナミックレンジの広さなのです。我がE-300は古い機種なのでダイナミックレンジが狭く、所謂「白飛び、黒つぶれ」が激しく、大いに不満を持っています。最新機種はどうなのか、それを知りたかったのですが、撮影ブースのライティングが良すぎるせいでその差をはっきりとは確認することが出来ませんでした。強いて挙げれば、E-300の方では白い花が白飛びしていますが、D800では綺麗に写っています。ただ、これは露出補正の違いもあるので公正な比較とは言いにくいです。

ああ、それにしても「AF-S NIKKOR 58mm f/1.4G」のボケ味は素晴らしい! ちなみにお幾らするのか調べたところ、希望小売価格\199,500だそうな。高性能のものはお値段もそれ相応ということになりますが、これは垂涎の逸品であります。

 

ベリカードコレクション:テレビ東京

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 2月18日(火)20時02分23秒
返信・引用
  テレビ東京は東京都のテレビ局です。こちらも初獲得物です。

在京キー局の中でも異彩を放っているのが、このテレビ東京です。大災害が発生し他局が緊急報道番組に切り替えても当局は通常通りアニメを放映していたりします。「テレ東がアニメを流してうちはまだ大丈夫」などと緊急度合いの尺度にされています。

昔は「東京12チャンネル」という名称でしたが、デジタル化した現在では7チャンネルに移行しております。
 

ベリカードコレクション:テレビ朝日

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 2月13日(木)19時47分5秒
返信・引用
  テレビ朝日は東京都のテレビ局です。こちらも初獲得物です。

最近のベリカードは昔に比べて用紙の材質向上がめざましいのですが、このテレビ朝日のものは別格です。用紙表面はパール塗装を施したように白くキラキラ輝いており非常に美しいです。事前に判っていればケチって返信用に50円切手ではなく80円切手を同封しておけばよかったと、少々後悔しています。
 

ベリカードコレクション:フジテレビ

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 2月12日(水)23時13分30秒
返信・引用
  フジテレビは東京都のテレビ局です。とうとうテレビ局まで手を伸ばしました。

私が昔BCLをやっていた頃、テレビ局でも受信報告書を送ればベリカードを戴けるのは知っていましたが、報告書の書き方はよく判らないし、「テレビ局のベリカードなど邪道!」という変な意識があったせいで報告書を提出しようと思ったことすらありませんでした。永い年月が過ぎ変な意識は薄れ、このほど初めてテレビ局のベリカードを獲得したのであります。

このカードの裏にはちゃんと「佐原中継局 42ch(3W)」と記述してあり、フジテレビの律儀さが感じられます。
 

ベリカードコレクション:岐阜放送

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 2月11日(火)18時30分23秒
返信・引用
  岐阜放送は岐阜県の中波放送局です。(テレビもやっている) 当局のベリカードは初獲得です。

岐阜放送の周波数(1431kHz)は和歌山放送と福島放送と同周波数で混信の嵐です。最も強いのが和歌山放送でループアンテナの方向をしないと岐阜放送の聴取は困難です。

そんな状況下での獲得なのでこの一枚は喜びひとしおです。
 

ベリカードコレクション:TOKYO FM

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 2月10日(月)19時48分10秒
返信・引用
  TOKYO FMは東京都のFM放送局です。かつてFM東京という愛称だった頃のベリカードはすでに獲得していて今回で2枚目です。

TOKYO FMは当地でもよく聞こえます。昔まだFM放送局が少なかった頃、当地で聞こえる民放FM局はこの局しかなく、よく聞いていたものです。
 

立ノ越館(茨城県稲敷郡阿見町阿見)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 2月 9日(日)18時43分20秒
返信・引用
  先日、ひづめさんから立ノ越館に面白い遺構を発見したという通報を受けて私も見に行ってきました。彼はさっそく縄張図も描かれているのでこちらもご覧下さい。

http://www.asahi-net.or.jp/~DG8H-NSYM/tatenokosi-tate.html

立ノ越館は半島状台地の先端に築かれた城で三方を低湿地帯に囲まれています。現在その低湿地帯は水田として利用されていますが、その水田からちょっと上がった斜面3箇所に枡形状の遺構があります。(一つは埋められている) これは一体何なのか。一見すると舟溜まりのようです。ひょっとしたら立ノ越館は霞ヶ浦へ出撃する軍船の拠点(水軍城)だったのではと想像してみました。

現地で見分してみると、舟溜まりというのはなさそうです。まず西側枡形状遺構については船を出し入れする口がないし、舟溜まりにしては狭すぎる。北端枡形状遺構は出入り口はあるものの直角屈曲部(上写真)はあまりに狭くて船の格納は不可能。よって、舟溜まりではないと結論づけました。

舟溜まりではなさそうですが、現在でも城のすぐ西側に花室川の支流が流れているので当時は船の航行が出来た可能性はあります。ついでに調べたところ、霞ヶ浦が立ノ越館近傍まで広がっていた可能性は低いです。立ノ越館北端辺りの水田の標高が約10m、花室川河口付近の岸の標高が約1mなので、9mも水位が上がっていたとは考えにくいからです。

水田面のすぐ近くにあるということで、船を管理するための事務所的な建物跡ではなかろうかと想像をしています。(下の落書きが想像図) 土塁囲みなのは洪水時の浸水を防ぐためではなかろうか。ただこの説も泣き所がありまして、曲輪内からこの二つの遺構に至る通路が全くないということです。船管理事務所だったなら曲輪内と頻繁に往来があったはずなので、通路がないというのはおかしい。(想像図には小屋左側に通路を描いたが、実際にはこのような遺構はない)

もう一つ考えられるのは日本軍の施設跡説です。というのもこの地は霞ヶ浦海軍航空隊の基地内だった可能性があるからです。今でもすぐ近くに陸自の施設がありますが、当時はもっと広大だったそうなので、このあたりも海軍の敷地にあたり何らかの施設が構築された可能性も否定できません。

結局、何なのかは判りませんが、実に興味深い遺構でした。
 

レンタル掲示板
/29