teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成


筑波海軍航空隊記念館(笠間市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 4月11日(土)19時11分56秒
返信・引用
  に行って来ました。数年前にも来たことがあるのですが、その時は医療機関の敷地内ということで見学できず、周囲の滑走路跡や慰霊碑を見ただけでした。映画『永遠の0』のロケ地と使用されたということで、今では司令部庁舎などが記念館として公開されています。
 
 

笠間城の桜

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 4月 8日(水)21時34分40秒
返信・引用
  久しぶりに笠間城へやってきました。東日本大震災の影響で天守曲輪の石垣が崩落し、立入禁止のままになっています。  

水戸城の桜

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 4月 7日(火)21時30分43秒
返信・引用
  先日「城が現役の頃は城内に桜を植えることはなかった」というような新聞記事を見つけましたが、現代の城には桜が似合います。自衛隊の基地にだって桜はあるのに。  

供用開始、小美玉市県道144号線(取手山館跡)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 4月 6日(月)18時56分7秒
返信・引用
  最近、供用開始になった県道144号線です。わざわざ狙って行った訳ではありませんが、偶然供用開始直後のようでした。

取手山館だった場所が、県道にぶち抜かれております。あのトンネル遺構は跡形も無し・・・。せっかくなのでまだ残っている両脇も発掘してくれればいいのにと思います。
 

測量機器一式

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 2月22日(日)18時35分55秒
返信・引用
  縄張図作成にはいくつかの方法がありスケッチブック法が主流ですが、ここの管理人は少数派である平板測量を採用しています。理由は、もともと測量の知識がありそれに通じていたということ、スケッチブック法が下手くそだから等です。測量士補の資格も活かせますし。

当初は本格的な平板測量もやっていたのですが、時間がかかりすぎる等のデメリットを考慮し試行錯誤の結果、今の簡易的な形に落ち着いています。

平板と脚は自作です。本来は三脚を用いるべきですが、重いし設置に時間がかかるのでアルミ製ポール利用の一脚です。水平に保つのは難しいですが、縄張図作成なら平板の水平精度は大雑把でも問題ではありません。

距離測定にはレーザー距離計を用いています。目標に白いターゲット板を設置し、それを視準しボタンを押すだけで測距できる優れものです。ただ、見通しの利かない薮には無力で、そういう場合は巻尺を使用しています。歩測は苦手なので滅多にやりません。

我がレーザー距離計は射距離しか計測できません。高低差の大きい場所の水平距離を計測するには更にハンドレベルと関数電卓を使用し算出します。ハンドレベルは目標の高度角を計測する道具です。水平距離=cosα×射距離 で求められます。

アリダードは目標への視準器であると共に定規が取り付けられており、機械点から目標の方向と距離を図面上にプロットするための道具です。定規は1/500、1/1000等があり、現場に応じて適切な縮尺を選択できます。専ら1/1000を使うことが多いです。

平板測量は時間がかかり、機材を持ち込むのも大変なのですが、精度は格段に優れています。
 

ガールズ&パンツァーと城館跡

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 2月21日(土)19時07分2秒
返信・引用
  まずは(1)をご覧あれ。1年生チームが高台の木によじ登り観戦しているシーンですが、この高台、なんと大洗町の磯浜海防陣屋らしい! 言われてみればそんな気もする。現地に行ってそれらしい木を撮影(2)。あとで調べると、ガルパンファンがここの草刈りの手伝いをしているそうな。頭の下がる思いです。

さて磯浜海防陣屋の近くの永町商店街は劇中にも登場しています。(3)(4)

至る所で登場人物が出迎えてくれます(5)。サインが書かれていますが、声優さんのものでしょうか。
 

FETバッファ付きTA7642ストレートラジオの製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 2月 9日(月)18時41分31秒
返信・引用
  製作にあたりこちらのサイトを参考にさせていただいています。

http://www.geocities.jp/shoranosekai/1IC-1FET-6TR_Radio.html

ラジオICとして有名なLMF-501の類似品「TA7642」を用いています。TAという名称ですが東芝製ではなくRapid Electronics(英国?)製です。LMF-501(と類似品)は選択度が悪いのが弱点ですが、それを克服すべく同調回路とLMF-501(類似品)の間にFETを用いたバッファを設けていることに興味を持ちました。

当初、上記サイトとほぼ同じ回路で実験したところ、芳しくなかったのでいろいろ改造を施してあります。上記サイトはTA7642ではなくLMF-501を使用しているのでその辺の差でしょう。

大きな変更点は二つ。

(1)TA7642は異常発振し易いのでTA7642にかかる電源電圧をボリュームで調整出来るようにした。これで感度調整や異常発振回避をすることが出来ます。さらにAGCの効きの悪さも補完できます。
(2)オリジナルの低周波増幅回路のままだと、音量が小さすぎたのでもう1段増やした。

さて、その性能ですがストレート式としてはかなりの高性能ぶりを発揮しております。感度、選択度は通常のストレート式を凌駕しております。(スーパーへテロダイン方式には劣る) 電圧調整用ボリュームは効果てきめんでした。

欠点もありまして、それは音質の悪さ(歪む、低音が弱い)です。ストレート式は本来音質が良好のはずなのですが、逆に劣悪とは。当初、低周波増幅回路の不具合と踏んで対策を講じていたのですが、一向に改善されないのでもしやと思い、TA7642をLMF-501に変えたところ呆気なく直ってしまいました。音質の悪さはTA7642のせいだったのです。

なお、TA7642をLMF-501と比較すると次のようなことが判明しました。

(1)異常発振しやすい(電源電圧は低めにした方がよい)
(2)音質が悪い。音量も小さい。
(3)感度は若干低めかな

と言ったところです。
 

USB手動切替器の製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 2月 8日(日)17時52分24秒
返信・引用
  1台のプリンタを複数のPCで共有する場合、プリントサーバが便利でいいのですが、少々お高いのでUSB切替器を自作することにしました。本当は自動切替器を作りたいところですが、私にはハードルが高すぎるので断念し手動にしました。

回路は至って簡単。USBの接続をロータリースイッチで切り替えているだけです。これで3台のPCから1台のプリンタを共有できます。接続中のポートはLEDが点灯するようにしました。

USBは伝送規格がやかましいので、素人の工作でどうなるか不安でありましたが、今のところ何の問題もなく作動しています。これまでUSBケーブルをその都度差し替えていた鬱陶しさから解放されます。
 

ロシアの声からも年賀状

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 2月 7日(土)18時16分9秒
返信・引用
  ロシアの声からも一ヶ月遅れの年賀状を戴きました。ロシアの声は「ラジオ・スプートニク」と名称を改め、電波による放送を廃止しインターネット配信に移行しています。あの強大だったモスクワ放送がこんなになってしまうとは・・・。

キリル文字なので内容は判りませんが、ロシアの年賀状はまるでクリスマスカードのようです。それにしてもどういう訳か旧共産圏の放送局は義理堅いです。
 

薮の中にて

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 2月 3日(火)21時41分34秒
返信・引用
  平板測量しています。酷い薮ですが、すぐ近くの小川のせせらぎが聞こえてくる気持ちのいい場所です。  

バッテリーからバッテリーへ充電装置

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 2月 2日(月)21時44分38秒
返信・引用
  我がミラージュ号は暗電流が大きいせいか、しばらく乗らないでいるとバッテリーが上がり気味になってしまいます。時々、延長コードを伸ばして充電してやっているのですが、雨天時はそうもいきません。そんな時、余っているバッテリーから充電できないかと思い、こんな装置を製作してみました。

本回路はNJM2360Aを用いた昇圧型DC-DCコンバータです。予備バッテリー(12V)を14.4Vまで昇圧しミラージュ号のバッテリーに接続すると充電が出来ます。一応3Aの定電流充電をします。

予備バッテリーの過放電防止のために、10.5V以下になると自動停止します。充電状態を見るために電流計を設けました。(100円ショップの電池チェッカーのメーターを利用) 充電電流が1Aを割るとLEDが点灯して充電終了間際であることを知らせてくれます。

実際に使用したところ、上手く充電できています。発熱を怖れていたのですが、それも大したことはありません。
 

大電流用電流計の製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 1月31日(土)18時32分9秒
返信・引用
  手持ちのテスターだと電流は最大0.6Aまでしか計測できません。そんな訳で、それを越える大電流を計測する電流計を製作してみました。

仕組みは次の通りです。シャント抵抗(0.1Ω、セメント抵抗)の両端にはオームの法則により電流(A)×抵抗(0.1Ω)の電圧が発生します。これをオペアンプで10倍に増幅すれば電流値が直読出来ます。その電圧を計測するのはネットオークションで\240にて購入した中華製デジタル電圧計。正確とは言えませんが、趣味で使用するには十分です。

電源電圧(9V)等の関係で、最大7.2Aまでしか計測できません。それを越えても「7.2」としか表示しないので、オーバーレンジの場合はLEDを点灯させるようにしました。そもそも10Aも流そうものならシャント抵抗が持たないので、どちらかというとこのLEDは危険を示す意味合いの方が強いです。
 

祇園城(小山市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 1月29日(木)20時27分22秒
返信・引用
  2回目の訪問の祇園城、前回はもう10年以上前です。公園化、住宅化で本来の姿とはだいぶ変わってしまっていますが、巨大な土塁、堀、明瞭な馬出等は見応えがあります。古絵図を見るといかにも北条氏系城郭らしい大規模かつ技巧的な縄張りです。
 

凸中久喜城(小山市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 1月21日(水)23時01分32秒
返信・引用
  訪城する予定はありませんでしたが、「国指定史跡 中久喜城」の看板に惹かれて立ち寄ってみました。

訪れたのは今回が初めてで、「名前は聞いたことがある」程度の知識しかありません。案内にしたがってバイクを走らせると立派な案内板と結構でかい堀と土塁が出現。ところが遺構がJR水戸で見事に寸断されています。向側(南)にも多分遺構が有るんだろうなと思いつつ、行き方が判らなかったので、退散しました。帰宅して調べてみると簡単に行けたようです。
 

凸結城城(結城市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 1月13日(火)23時07分10秒
返信・引用
  結城合戦で有名な結城城に行って来ました。こちらも久しぶりの訪問ですが、案内板が増えていました。

幕末まで城郭として機能していた割には保存状態は良くありません。戊辰戦争で新政府軍によって落城したので、地元でもあまり保存に積極的にはなれなかったのかもしれません。
 

乃木坂46とニアミス

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 1月11日(日)17時06分32秒
返信・引用
  東京オートサロン2015に行って来ました。乃木坂46の痛車があったので何かと思えば、彼女たちが道案内してくれるカーナビのプロモーションだそうな。

帰宅してネットで調べてみるとなんと、乃木坂メンバー二人がこのブースに登場していた!

http://natalie.mu/music/news/135818

同じ時間、同じ会場にいたというのに全く気付かなかったのだ!

実はこの手のことはよくありまして、昨年は増田有華嬢(元AKB48)、一昨年は稲垣早希嬢が来場していたのに全く気付かず。帰宅してから知って悔しい思いをしたのでありました。

とは言うものの、ばったり見かけるケースもありまして、今年は哀川翔氏、昨年はキャイ~ンのお二人とおのののか嬢なんかを目撃しております。
 

凸久下田城(筑西市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 1月 5日(月)18時50分5秒
返信・引用
  当城は半島状台地状に築かれた丘城です。

通常、この手の立地の城郭は台地の付け根方面からの攻撃に備えた築城プランにすることが多いのですが、久下田城は反対で半島状台地の先端部(北西方向)からの攻撃を意識しています。そのせいもあって変則的な梯郭式城郭となっています。
 

凸伊佐城(筑西市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 1月 2日(金)17時01分32秒
返信・引用
  当城は南北朝時代の城郭で遺構はあまり残されておりませんが、あの伊達氏発祥の地として有名です。別名「中館」。

かつて、伊達氏発祥云々は地元の人がそう主張しているだけかと思っていたのですが、仙台市の某博物館に行った時、そこの職員の方が「伊達氏はもともと茨城県筑西市あたりが出自で・・・」と話しているのを聞いて、びっくりした想い出があります。仙台市でもそういう認識があるのだと。

「伊達(だて)」って読み方はひょっとして「中館(なかだて)」から来ているの? と思ったのですが、違いました。
 

遙か異国から届いた年賀状

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2015年 1月 1日(木)20時00分11秒
返信・引用
  国際書留郵便が届いたので何かと思い開封したところ、モンゴルの声からの年賀状でした。モンゴルの声には1年前に受信報告書を送りベリカードを戴いた後はなんの交流もなかったのですが、突然の贈り物でびっくりしております。

(ベリカードの記事はこちら)
http://6503.teacup.com/biji/bbs/1650

同封されていたのは、モンゴル文字で書かれたカリグラフィー。墨と筆で書かれているので日本の書道と雰囲気が似ております。さて文字の内容ですが、なんと私の名前をモンゴル文字で書いてくれたのだそうな。こんな心の籠もった年賀状を戴いたのは初めてです。実はモンゴルの声はあまり聴いていないので申し訳ない気持ちで一杯です。
 

凸関城(筑西市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年12月30日(火)20時05分11秒
返信・引用
  坑道戦で有名な関城に行って来ました。坑道跡は健在でした。以前より案内標識が充実していて、関城を観光資源として活用しようという雰囲気がありました。
 

凸岩部城(香取市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年12月29日(月)18時36分3秒
返信・引用
  こちらも久しぶりの訪問です。曲輪内に妙見神社があっていかにも千葉一族の城という感じがします。

単純な構造ではありますが、よく見ると虎口が微妙に相横矢になっています。
 

XLR号後輪タイヤ交換

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年12月28日(日)19時24分16秒
返信・引用
  かなり使い込んだリアタイヤをようやく交換しました。寿命の短いオフロードタイヤでなんと32000kmも走破してしまいました。新しいタイヤは同じくIRC GP-22です。

ついでに、スポークの錆び除去、ドラムブレーキのオーバーホール、塗装等をやったので作業日数は三日間。お陰で全身筋肉痛です。

ブレーキシューは私がこのXLR号を購入してから一度も交換していないので、かなり損耗しているかと思っていたのですが、なんと新品と殆ど変わりありません。50000km以上走っていることになりますが、まだ十分使えるのには驚きです。
 

凸多古陣屋(千葉県香取郡多古町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月30日(日)16時54分32秒
返信・引用
  久しぶりに多古町に行ったところ、多古陣屋の道路標識が新設されていたので、寄ってみました。いつの間にか多古町教育委員会によって立派な案内板も設置されています。(今年3月の日付有り) 遺構に関しては全く昔のままです。石垣はご覧の通り。

多古町は千田庄動乱や千葉宗家滅亡の地として歴史的に重要な土地柄なのですが、どういう訳か町内の城館については冷遇されているように見受けられます。今頃になって多古藩陣屋に観光的価値があると気付き始めたのかもしれません。

何はともあれ、北総では大変珍しい石垣のある城館ですので、興味のある方はご覧あれ。
 

凸小坂城(牛久市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月29日(土)23時06分8秒
返信・引用
  整備が進んだ小坂城に行ってみました。10年以上前に初めて訪問したときは、単なる山林で駐車するにも苦労するような場所でしたが、今では綺麗に城址公園として整備されております。

実はこの時は古い城仲間とばったり遭遇しまして、予期せぬ再会にびっくりしあったのでありました。
 

凸須賀山城(千葉県香取郡東庄町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月23日(日)22時37分57秒
返信・引用
  森山城に行ったついでにお隣の須賀川城にも寄ってみました。なんとこの城も草刈りが行われて綺麗になっていました。どちらかというと須賀山城の方がより綺麗になっている感じがします。森山城に比べる小振りですが、こちらもいい城です。
 

凸森山城(香取市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月22日(土)21時44分55秒
返信・引用
  最近、地元の有志により草刈りが行われたと聞いて森山城に行って来ました。

草刈りが実施されたのは主郭虎口付近(上写真)と、馬出(中写真)の半分くらいです。これまで馬出は草ぼうぼうで中に入ることすら躊躇われるくらいでしたが、お陰で内部に進入できるようになりました。実際に入ってみるとこんなにもでかい馬出だったのかと驚かされます。馬出内に廃車が放置されているのは相変わらずです。(下写真)
 

凸黒羽城(大田原市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月16日(日)20時46分4秒
返信・引用
  こちらも久しぶりの訪問です。夕暮れ迫っていたので、大急ぎで見て廻ったところ、本丸西側の切岸が崩落していました。(上写真) 東日本大震災の爪痕かと思ったのですが、そんなに古そうでもない。家に帰って調べてみると、やはり東日本大震災で大崩落していて、去年の春に修復完了していたそうです。(下記リンクが詳しいです) どうもその後、またその箇所が崩落したようです。(今年の夏の集中豪雨のせいかも)

http://gansonekodarake.blog104.fc2.com/blog-entry-106.html

城が機能していた時にも自然災害で城の一部が破壊されてしまうと言うことはよくあったのでしょうね。
 

凸金丸要害(大田原市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月15日(土)18時33分28秒
返信・引用
  以前、城仲間が「金丸要害って凄いよ」と言っていたのを聞いていつか訪問してみたいと思っていました。実際凄い城でした。基本的には直線連郭式の山城で、広大な城域を持つ上に技巧的でもあります。何度も屈曲した塁線や巨大な横堀は見る者を圧倒します。土木工事量は半端でなく、大勢力を誇った領主の手によるものと思われます。

その名の通り、当城は金丸氏の居城だそうです。大規模城郭でなおかつ領主の居城となれば、自然とそれなりの城下集落が形成されるはずですが、金丸要害には何故かそれが見受けられません。短期間で使命を終えたか、あるいは居城ではなく別の目的をもった城郭だったのかもしれません。

ところで、当城のアクセスには林道を通らなくてはなりません。今回、我がオフロードバイクXLR200号はその性能をいかんなく発揮し、曲輪付近まで進入したのであります。四輪車なら小型四駆でないと無理で、もしミラージュ号で来ていたら途中で擱座していたに違いありません。
 

凸烏山城(那須烏山市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月 8日(土)19時07分19秒
返信・引用
  約10年ぶりに烏山城に行って来ました。10年前と殆ど変わりありませんが、東日本大震災の影響で石垣の一部が崩落し、そのままになっています。近寄らないようにロープが張られておりました。

某サイトで「西城(曲輪名)こそ最大の見所」というようなことが書いてあったので、今回はそちらの方まで足を伸ばしてみました。ところが結構なヤブでしかも蒸し暑い! 堀底をささっと歩いただけで退散してしまいました。冬枯れの季節にもう一度行ってみたいです。
 

凸森田城(那須烏山市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月 7日(金)18時37分35秒
返信・引用
  比高約60mの山城です。この城を紹介しているサイトをいくつか拝見すると主郭に東屋があったりと見学しやすい印象を持ったのですが、実際に行ってみると、結構なヤブ城でした。かつては整備されていたようですが、もう数年間放置してあるような雰囲気でした。ご覧の通り東屋もヤブの中。

じっくり観察すれば面白い城だと思いますが、大蛇に出くわしたりヤブが酷かったりで早々に引き上げてしまいました。
 

凸村上城(栃木県芳賀郡市貝町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年11月 6日(木)19時01分16秒
返信・引用
  久しぶりに栃木県に行って来ました。村上城は比高約70mの山城です。県指定史跡ということもあって整備してあり見学し易いです。

現在梅林となっていている主郭は周囲をしっかりした土塁に囲まれていますが、内部の整地が不十分で緩やかに傾斜しています。このように曲輪面が傾斜しているケースというのは度々見かけますが、現代人から見ると甚だ暮らし難かったろうと想像します。従来、この手の傾斜した曲輪面というのは手抜き工事、あるいは急造によりそこまで手が回らなかったためと考えていたのですが、この村上城の主郭を見ているうちに、敢えて緩斜面にしているのではという思いが沸き上がって来ました。というのも、現代とは違い排水施設が未発達であった戦国時代において、大雨が降ればたちまち曲輪内は水浸しになり床上浸水も頻繁に起こったと思われます。もし、籠城時にそんなことが起ころうものなら敵に攻められる前に落城の憂き目に遭うことになりかねません。それを避けるために、敢えて曲輪面に傾斜をつけて排水対策をしていたのではないか。当城の主郭は前述の通り、全周を土塁囲みとなっていますが、最も低い場所は開口部である南端の虎口となっています。すなわち、大雨が降れば自然に虎口から排水するよう設計されているわけです。昨今の豪雨被害を見るにつれ、戦国の築城者たちも同様に苦労していたのではないでしょうか。
 

NS-1000MM

 投稿者:金投資  投稿日:2014年11月 3日(月)06時24分16秒
返信・引用
  ヤフオクでビヒンと書いて出している人の中で、ビヒンではないのにビヒンと書くのは良くない。かなりの高額つけている人見かけますがせいぜい半額で落札が妥当じゃないかと。写真を良く見て吟味しないとね。ヤフオクの奥深さというか、ちょっとエスカレートしすぎな感じですね。そういえば、代行も良くはやっています。確かに近くの質屋にもっていっても二束三文ですから仕方ありません。  

月と国際宇宙ステーション:その2

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月31日(金)18時33分3秒
返信・引用
  20枚の連続写真を合成してみました。ご覧の通り、月面を横切ることはありませんでした。  

月と国際宇宙ステーション

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月30日(木)18時02分15秒
返信・引用
  国際宇宙ステーション(ISS)が月面を通過するという珍しい現象が起こるという情報を得て、その撮影に挑んでみました。予報では我が家からの観測で見事に横切るはずです。

その時間は17:08とのことでしたが、その時間になっても現れず。室内用メガネ(遠距離はピントが合わない)をかけていたので見逃したかと思ったのですが、その1分後何の前触れもなく現れました。「いよっ!ISS」 残念ながら月面を通過することはなく、月のちょっと下をすーっと流れて行きました。

コンパクトデジカメで10枚ほどの連続写真を撮り、その中で最も月に接近したのが下写真です。月の真下の小さな輝点がISSで、右上から左下へ通過しています。本当は2秒間くらい開放にして軌跡を撮影したかったのですが、事前に試したところ、まだ空が明るくいくら絞りを絞っても真っ白になってしまうので、連続撮影にしました。
 

凸金田城(つくば市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月29日(水)21時12分45秒
返信・引用
  今年8月に地元有志によって草刈りが行われたと聞いて、久しぶりに金田城に行ってみました。

もう夕暮れ時だったので、その草刈りがされた場所あたりだけ見てきました。草刈りが行われたのは主郭虎口付近でした。その他の場所は、前回訪問した時よりも薮化が激しく、夕暮れ時ではこれ以上進むのは困難でした。堀は孟宗竹の密林状態になっていてこれを刈り払うには重機でも投入しないとどうにもならないのではという按配です。真夏のクソ暑い時期に草刈りを実施した地元有志の方々には頭が下がる思いです。
 

Re: 未知の城、発見? 富田城(仮)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月29日(水)21時10分41秒
返信・引用
  > No.1733[元記事へ]

通行人さん、こんばんは。

>後世に土塁に転用されたかもしれませんが、これは「富田1号墳」でしょう。

古墳でしたか。有益な情報、どうもありがとうございます。

 

Re: 未知の城、発見? 富田城(仮)

 投稿者:通行人  投稿日:2014年10月28日(火)22時18分49秒
返信・引用
  > No.1729[元記事へ]

> 小見川北小学校校庭内に長さ25m、高さ2mほどの一直線の土塁のようなものがありました。
 後世に土塁に転用されたかもしれませんが、これは「富田1号墳」でしょう。 「香取市 富田1号墳」で検索すると、いろいろ出てきます。
 

Ni-MH電池充電器の製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月28日(火)21時10分45秒
返信・引用
  放電器の次は充電器です。これで650mA、830mA、1500mA、2400mA、4種類のニッケル水素電池を1セルまたは3セルで標準充電できます。標準充電というのはその電池容量の1/10の電流値で16時間かけて充電するものです。時間はかかりますが、その代わり電池の損耗を防げる優しい充電方法です。

回路はかつて秋月電子通商が販売していた「いたわりNiCd充電器・キット」
http://akizukidenshi.com/download/kairo/%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF/%E5%85%85%E9%9B%BB%E5%99%A8%E9%96%A2%E4%BF%82/H001%E3%81%84%E3%81%9F%E3%82%8F%E3%82%8ANiCd_.pdf
と、こちらのサイトを参考にしました。
http://www.geocities.jp/jun930/ele/itawari.html

大電流部(1500,2400mA)は当初、秋月と同様の回路にするつもりでしたが、何故か定電流にならないのでFETを用いてスイッチングするように変更しました。終止電圧になると自動で充電を終了しますが、終止電圧とは関係無しに充電を続ける強制充電モードも設けました。これは不活性化した電池に渇を入れるためのものです。
 

Ni-MH電池8本放電器の製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月27日(月)18時22分17秒
返信・引用
  放電器は過去にも製作していますが、今回は一度に8本放電出来るものです。本当は8本ものニッケル水素電池を直列放電させるのはよい方法とは言えないのですが、一度に大量の電池を放電させる目的で作りました。

2SD2478を用いた定電流回路(約0.8A)で放電させます。終止電圧(8.0V)になると自動で終了するようになっています。ミソは機械式リレーを用いた自己保持回路でオンオフを行っていることです。これにより、放電終了後、何日間放置していても過放電を起こすことありません。しかも外部電源を使用していないので、とってもエコ。

2SD2478とセメント抵抗(4.7Ω)で電池のエネルギーを熱に変換(約9W)しているのでで結構熱くなります。今の季節はいいですが、真夏はタッパの筐体が持つかどうか・・・。
 

凸小見川城(香取市)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月26日(日)18時05分17秒
返信・引用
  富田城(仮)に行ったついでに久しぶりに小見川城に寄ってみました。主郭の土橋、堀、土塁はなかなかいいのですが、公園化されすぎているせいか評価が低いです。

当城と富田城(仮)との距離は直線でたったの1.6km。正木氏が富田に陣取っていたときは、小見川城はすでに落城していたかもしれません。「東國鬪戰見聞私記」では城主、粟飯原氏は栗林義長軍に討たれております。

 

未知の城、発見? 富田城(仮)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月25日(土)20時49分33秒
返信・引用
  香取市富田に城があったという伝承を聞きつけて探しに行って来ました。場所は香取市立小見川北小学校の辺りらしい。

伝承というのは次のようなものです。富田に居住するある一族はかつてそこに城を構えその城主であった。時代は不明。なお、現在その一族は当地を売却し引っ越している。その一族の苗字、屋号は公表できませんが、いかにもそれっぽいものです。

『千葉県埋蔵文化財分布地図(2)』を見ても富田に城館は一つも記されていません。現地に赴き調べてみますと、案外簡単に城っぽいものが見つかりました。小見川北小学校校庭内に長さ25m、高さ2mほどの一直線の土塁のようなものがありました。未知の城、富田城の残痕か。果たしてこれが本当に城館遺構なのかどうかは不明です。残念ながらこれ以外は見つかりませんでした。

文献上、この地に関するものがあるかというと、実はあるのです。それは「大須賀薩摩丸宛千葉胤冨書状」というものです。こちらの下の方をご参照あれ。

http://www17.tok2.com/home/a6m2/gunki/06-2.html

そこには「房州衆富田臺江打上陣取候而近邊相散候」とあります。現代語訳すると「房州衆(正木氏)が富田台に打ち上げ陣取っている。近辺を荒らし回っている」と言ったところでしょうか。当該ページを記述した当時、私は富田は台地ではないので富田台という名称はおかしいと思っていたのですが、ひょっとすると台とは台地状の地勢のみならず、島状の地勢をも表現してしていたのではないかと考えています。最も下の地図をご覧あれ。これは迅速測図を加工したもので、河川、湿地、水田を水色に塗りつぶしてみました。×印が土塁のある場所です。富田は周囲を水に囲まれた細長い島状の地形だったことが判ります。前述文献の「富田臺江打上」とある部分、私は「富田の台地上に登って」と解釈してしましたが「(島状の)富田台に上陸して」と読むと合点がいきます。正木氏は海賊の頭目ですから、利根川を軍船で乗り付けて富田台に上陸しそこを占拠したと考えられます。

富田が正木氏に陣取られていたことはほぼ間違いなく、そこに城を構えていた可能性が出て来ました。

調べているうちに、もう一つ興味深いことが判ってきました。前述の書状は、千葉胤冨が寺山城在番していた大須賀薩摩丸に正木氏を追い払うため富田への出兵を命ずる内容です。寺山城というのがどこの城なのか不明ですが、千葉市の廿五里城という説が有力です。この廿五里城のある地名と富田城(仮)城主の末裔の屋号がピタリと符合するのです。これは私の想像ですが、富田城(仮)を奪還した千葉氏は正木氏の再襲来に備えるべくそこに兵を入れて守備させていたのではないか。そして城主として廿五里城関係者が送り込まれたのではないか。

いろいろ想像は尽きませんが、この件に関してはもうちょっと調べてみたいと思っています。
 

祝ノーベル物理学賞受賞。赤崎・天野・中村3教授。

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月 9日(木)00時32分49秒
返信・引用
  お祝いに青色発光ダイオードを3本、点灯させてみた。
 

【失敗作】路側放送専用ラジオ

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月 5日(日)18時27分42秒
返信・引用
  実はカーナビ用アンプ&スピーカーを製作する際、ついでに路側放送受信用ラジオを組み込もうと考えました。バイク用に路側ラジオが欲しいと思っていたのでこの機会に試験的に車用を製作してみようという魂胆です。

下はその回路図とブレッドボード上に組み込んだ路側ラジオ。路側放送(1620kHz)専用なので回路も単純です。ラジオIC(TA7642)を使用したストレート方式。通常のバリコンは使用せず、トリマコンデンサで同調させます。こいつをミラージュ号に搭載して外環道の路側放送がされているエリアの高架下まで出向いて聴いてみました。結果は大失敗。エンジンを切った状態ではちゃんと聞こえるのですが、エンジンをかけるとイグニッションノイズの嵐で放送の方は殆ど聞こえません。電源は車のACCから採っているのでそこからイグニッションノイズが侵入していると思われます。それとアンテナは室内のバーアンテナと30cmくらいの補助アンテナだけなのでこれも悪影響を与えているのでしょう。正式なカーラジオのアンテナが全て外部アンテナになっているのはそれなりの理由があるのですな。

若干の改良を加えて2度ほど高架下まで行きましたが、結局ノイズしか聞こえませんでした。
 

カーナビ用アクセサリー2題の製作

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年10月 4日(土)21時49分0秒
返信・引用
  友人から立派なカーナビを譲って戴きました。その性能を引き出すべくアクセサリーを二つ製作してみました。

○DC-DCコンバータ
当該カーナビは5Vで動作します。付属品としてシガーソケット式のDC-DCコンバータが付いていましたが、以前使用してしたカーナビ用電源ケーブル(12V)を活用した方がスマート(シガーソケット式はちと野暮ったい)なので、12Vから5Vへ変換するDC-DCコンバータを新たに作ります。

スイッチングレギュレータ用IC、NJM2811を使用して変圧回路そのものは単純ですが、保護回路を設けたのでちょっと複雑になってしまいました。NJM2811が何かの拍子に破損した場合、12Vがそのまま出力されてしまう可能性があります。するとカーナビはあっという間に昇天してしまうことでしょう。それを防止するために、もし出力電圧が6Vを越えた場合、NJM2811への電流をカットして動作を止めてしまうよう設計しました。一度カットしたらそれを持続しないといけませんが、フォトカプラを用いてそれを実現しています。実はこの保護回路の設計の方が厄介で、何度も実験を繰り返してようやくまとものなものになりました。

○外部アンプ&スピーカー
当該カーナビはポータブル用なので内蔵スピーカーは貧弱です。少々聞こえにくいので、外部のアンプとスピーカーを製作しました。スピーカーは以前\100ショップで購入したもの、アンプはNJM386BDを用いたオーソドックスなものです。ゲインを上げすぎたせいか、イグニッションノイズとカーナビからのデジタルノイズも増幅されてしまいます。エンジンを切るとちょっと気になりますが、走行中はほどんど聞こえません。

写真はダッシュボード上に設置した様子。どちらも順調に動作しております。
 

凸鴇崎城(香取市鴇崎)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 9月 1日(月)19時00分8秒
返信・引用
  旧佐原市内城郭でお気に入りだった鴇崎城がとうとう破壊され始めてしまいました。

鴇崎城は20年ほど前のバブル期に土砂採取が決定し一部(3,4曲輪)が湮滅するのは判っていましたが、ほんの少し削っただけでそのまま放置されていました。1年くらい前はまだ健在だったのですが、最近訪れたところ見るも無惨な姿に変容しておりました。(上写真)

内部には入れなかったので詳細は不明ですが、遠くから観測するに削られた部分は4曲輪の3/4くらいと3曲輪の1/3くらいでしょうか。最も技巧的で見応えのあった3曲輪は重機が乗り込んだ形跡が見られるので遺構は破壊され尽くしているかもしれません。

写真中の黄色線部分は3,4曲輪を隔てる堀だと思われます。随分緩い堀に見えますが、これは堀を斜めに削り取ったためでしょう。

いつの間にか、主郭入口には案内板が建てられていました。(写真下) 地元の有志によるものです。主郭は無事です。
 

旧常陸太田市立瑞龍小学校(常陸太田市瑞龍町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 8月31日(日)17時55分55秒
返信・引用
  当校は2年前に廃校になりましたが、校庭に咲く桜(瑞桜)の美しさのお陰で観光名所になっているそうです。瑞龍とはいかにも帝國海軍の航空母艦にありそうなネーミングです。(海上自衛隊潜水艦「ずいりゅう」は実在する)

ロケ地として利用されているそうで、今回はAKB48の「昨日よりもっと好き」PVのアングルで撮影してきました。

そのPVはこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=AbmeQJ9yj3I

地面が掘り返されてブルーシートがかけられていますが、発掘調査が実施されているようです。この地は古代の遺跡でもあり、校庭からは石棺や埴輪等が出土しているそうな。
 

凸岩瀬山城(須賀川市愛宕山)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 8月25日(月)22時07分13秒
返信・引用
  久しぶりに須賀川市に行って来ました。岩瀬山城は比高約30mの山上に築かれた山城で、現在は翠ヶ丘公園として整備されています。公園化されていると言うことであまり期待していなかったのですが、城館主要部はあまり手を加えられておらず思いの外いい城でした。写真上は主郭の角に構築された櫓台跡です。主郭虎口へ横矢がかかっているのがよく判ります。

この日はバイクで出掛けたのですが、酷い猛暑で道端の温度表示で37度を指しておりました。カーナビを使用していたところ、なんと暑さでダウンしてしまうトラブル発生! 僅かの時間動作しているカーナビの地図を頭に叩き込んで何とか目的地まで到達したのでありました。
 

●東明寺(川越市志多町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 8月24日(日)20時10分8秒
返信・引用
  ここ東明寺付近は河越夜戦の激戦地であります。境内には案内板や石碑があります。周囲はすっかり住宅地になっており、遺構のようなものは見当たりません。

川越城は新河岸川にぐるりと囲まれたような地形に位置していますが、東明寺は川越城から北西約800mの新河岸川の湾曲部にあり、袋小路と言ってもいい場所です。川越城を包囲する足利・上杉連合軍は北条軍に奇襲を受け北方へ逃れようとしたはずです。ところが新河岸川に退路を塞がれて奇しくも敗走兵が集中したのがこの東明寺付近だったのでないでしょうか。

袋小路に追い詰められ戦意を喪失した兵に襲いかかる北条軍。夥しい戦死者が出たことは想像に難くありません。攻城勢が敢えて危険な背水の陣を構えていたというのは、相当舐めきっていたのでしょう。夜襲が成功した理由もこの辺から判って来そうです。
 

●砂久保陣場(川越市砂久保)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 8月23日(土)17時05分0秒
返信・引用
  天文15年(1546年)河越夜戦の際、北条方の川越城を攻める上杉憲政はこの地に陣場を構えたとされています。(足利晴氏の陣との説もあり)

現在、稲荷神社となっていて陣城のような遺構は見受けられません。それでも市指定史跡なので案内板はあります。
 

凸松山城(埼玉県比企郡吉見町)

 投稿者:ここの管理人  投稿日:2014年 8月 1日(金)19時18分19秒
返信・引用
  埼玉県の名城、松山城に行って来ました。前回訪問したのはもう10年くらい前になります。

平成20年に当城は「比企城館跡群」の1城として国指定史跡になっております。国指定だからきっと綺麗に整備されているはず、と思いきや10年前と大して変わりありませんでした。(主郭の木が伐採されているくらい)

雄大で迷路のような空堀は健在でいかにも北条氏らしい風格があります。何度も戦闘を経験している城だけあってきな臭ささ満天です。
 

レンタル掲示板
/29